2016.04.06 Wed

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第11章「その3:複雑な思いで“最後の戦い”に臨んだファイルフォックスが栄冠をつかむ」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

 年が明けて、2007年の1月24日、公募した日本リーグの愛称がFリーグと決まり、名称、ロゴ、9月23日に代々木体育館で開幕などの記者発表が行われた。いよいよ夢と希望に満ち溢れたFリーグの始まりである。

 その2日後の1月24日、府中市総合体育館で特別な第8回の関東リーグ最終節が行われた。来年からは関東リーグを抜けるロンドリーナ、カスカベウ、一方、落選したシャークス、府中アスレティック、連合の夢破れたファイルフォックスらが、複雑な思いで最後の戦いに臨んだ。(すでにプレデター、フトゥーロは組み合わせの関係から前節で試合は終えている)

 上位リーグの最終節までの順位は、1位ファイルフォックス、2位府中アスレティック、3位ボツワナ、4位カスカベウで、1stステージのボツワナの勢いは完全に止まってしまった。逆に息を吹き返したのはファイルフォックスで、ここまで2ndステージ4連勝、無敗の快進撃を続けていた。

 選手権初出場を果たした府中アスレティックがそうであったようにファイルフォックスも、来年はどうなるかわからない最後のチームといった結束がそうさせたのであろう。難波田治は抜けたもののGK遠藤晃夫、小宮山友祐、板谷竹生、心境著しい村上哲哉ら鉄壁の守備陣に、吉成圭、稲葉洸太郎、三井健、伊藤雅範らそれぞれ特徴のある攻撃陣のコンビネーションが2ndステージになって開花したのであった。

 有終の美を飾るべく、この最終節もマルバ戦を2-1で破り、ついに2ndステージ上位リーグを5戦無敗で2年ぶり4度目の関東リーグを制覇、ファイルフォックスの意地を見せた。

 難波田が抜けた結果、自分達がやらねばという気持ちと、定永久男(大洋薬品バンフ)、木暮賢一郎(ナサレノ)、難波田(大洋薬品バンフ)と一時期を築いた大黒柱が抜けても古巣があって自分たちも羽ばたいていけるという妙な安心感もよい影響をもたらしたのかもしれない。実際、板谷を除いて、彼らは年次の差はあるがファイルフォックスを巣立っていった。

 一方、ロンドリーナ、カスカベウもこの試合で関東リーグは最後となる。ロンドリーナは、セニョールイーグルスに4-3、カスカベウはボツワナに3-2で勝利、なんとか面目を保ち、カスカベウはボツワナをひっくり返して3位に浮上した。その結果、地域チャンピオンズリーグには、優勝のファイルフォックス、シャークスを2-1で破った2位府中アスレティック、3位カスカベウが出場権を獲得した。

 ちなみに、最終節の観客動員数であるが、第1試合の府中アスレティック対シャークスが1280人、ファイルフォックス対マルバ戦が1320人、最終試合のボツワナ対カスカベウ戦が1080人という大盛況だった。

 こうして、特別な第8回関東リーグは終了した。来シーズンからは2部制、ホーム&アウェイの2回戦方式に移行、日本最高峰のリーグとはいえなくなるが、地域リーグの雄として、再スタートを切ることになる。

 さて、お宝写真は、特別な関東リーグを優勝で飾ったファイルフォックスの集合写真にしよう。なぜ、お宝かというと、翌シーズンには小宮山、稲葉、三井、伊藤、遠藤は、それぞれ、Fリーグへと巣立っていったからである。また、板谷もこのあと、引退となり、関東リーグ最後の集合写真となった。ちなみに、小宮山、稲葉はバルドラール浦安、三井は遅れて湘南ベルマーレ、伊藤はデウソン神戸、遠藤はステラミーゴいわて花巻へと移籍した。こののちのもファイルフォックスのFリーグ流出は止まらなかった。

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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