2016.03.30 Wed

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第11章「その1:専門学校からFリーグを目指せ!ヒューマン、大原学園の挑戦」

写真:橋爪充

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

 日本フットサルリーグの発足を受けて、思わぬ分野が脚光を浴びることとなった。それは、専門学校のスポーツ部門である。従来から、サッカー部門の専門学校は数多くあった。例えば、フットサルでも名を馳せたルネス学園やアルビレックス新潟と連携しているジャパンサッカーカレッジなどが有名である。ところが、日本フットサルリーグが設立されることとなると、フットサルのプロ選手の道が開けるわけで、フットサルコースを設ける専門学校がいくつか現れてきた。

 とりわけ、大きく取り扱ったのは、さまざまな専門コースを持つ総合学園ヒューマンアカデミーで、2006年10月に、来春からフットサルカレッジを開校すると発表した。なんと、札幌、仙台、東京、横浜、大阪、神戸、福岡の7都市で開校するという。そのユニークな点は、まず、全国リーグ参入を決めたプレデター(のちのバルドラール浦安)と提携している点で、実力次第ではプレデター入りも夢ではない。また、スペインリーグとも提携しており、練習生として入団、セレクションを受けることも可能である。

  ヒューマンアカデミーより、一足早く、2006年4月にはフットサル専門コースを開設したのは、大原スポーツ公務員専門学校である。大原専門学校のユニークな点は、スキーやテニスで有名な菅平高原に全寮制で専用の体育館も持ち、まさにフットサル漬けの環境を用意している点である。このコースの指導を努める人物は、ファイルフォックス、バンフ東北で優勝経験のある日系ブラジル人のジョナスであった。もともとあったサッカーコースからフットサルで名を成そうと転籍した生徒、関東で大学を卒業後このコースに入り日本リーグを目指す生徒など、全寮制であるだけに明確な目標を持った生徒を集めている。公務員専門学校の名前が示すとおり、警察官、消防士など体力が重視される職種への就職をターゲットにしているだけにアスリート育成に力を入れている。 

 関東リーグをフットサル大会運営の実習に使いはじめたユニークな専門学校がある。それは、東京工学院専門学校で、もともとはサッカーコースを持っていたが、フットサルブームを受けて、フットサル講座を設けたものである。その中のキャリキュラムにフットサル大会の実施運営があり、関東リーグの運営を実習の場としたというわけである。東京工学院専門学校の場合は、選手育成よりも、施設運営、大会開催、指導者、審判などフットサル全般の幅広い知識と実務研修に力を入れている。 

 このように、さまざまな特徴をもったフットサル専門学校が現れたということは、日本フットサルリーグが、選手、指導者、クラブ、施設の運営、大会の企画・運営、審判、広告・マーケティングなど、サッカーと並んで仕事の裾野を大きく広げる効果をもたらすことを示すものである。

 日本フットサルリーグは、それだけ、社会的責任を負うことになった。

専門学校

  ということで、お宝写真は、関東リーグプレスで取り上げられたフットサルに力を入れている専門学校の特集記事にしよう。あれから、約10年、その後はどうなっているのであろうか。

 まず、大原学園であるが、サッカー/フットサルコースは今も存続、ジョナス効果もすぐに表れた。ジョナスが育成したチーム大原学園JaSRAは、2007年の第12回全日本選手権には、北信越代表として出場(ジョナスは監督兼選手として出場)、さらに翌年の2008年の北信越リーグでは優勝を成し遂げている。しかし、ジョナスが2008年に家庭の事情によりブラジル、サンパウロに帰国、その影響もあってか11年には北信越リーグを脱退、現在、チーム活動はしていないようだ。だが、ジョナスが北信越方面にもたらした技術のタネは根付いており、チームこそ違うがビークス白山(前身はビークス木村)へと受け継がれ、2012年にはFリーグ準加盟クラブに発展している。ちなみに、ルーツは同じアドリアーノ(元カスカベウ、元シュライカー大阪監督)は、つい最近までビークス白山の監督であった。

 ヒューマンアカデミーは、バルドラール浦安と提携ばかりでなく、大阪でシュライカー大阪と提携、現在も地域リーグ、Fリーグに選手を送り込んでいる。例えば、2015/16シーズンではバルドラール浦安トップチームでは、GK税田拓基、奇しくも同じGKであるが、シュライカー大阪トップチームGK柿原爪聡一朗が卒業生である。

 残念ながら、10年が経過した現在、Fリーグ自体が完全プロ化には至っておらず、ビジネスのすそ野は当初の目論見どおり広がっていない。したがって、専門学校も厳しい状況にあるが、継続は力なり、裾野を広げる役割を担い続けて欲しいものである。

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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