2016.03.16 Wed

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第10章「その9:幻に終わった府中AFC+ファイル+フトゥーロの“府中連合”」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

 リアルな戦いの関東リーグが始まり、一方で「場外の戦い」である全国リーグ参入の応募要領発表を目前に控えた2006年7月上旬、府中市で、とある会議が開催された。

 それは、府中市サッカー連盟、府中市サッカー協会、府中市少年サッカー連盟、府中市フットサルリーグ、府中アスレティック、ファイルフォックス、フトゥーロなどの関係者が一同に介して、全国リーグ参入に向けての推進母体を作るための準備会合であった。

 すでに書いたと思うが、府中市は三国志の源流の地であり、おおげさに言えば近代競技フットサルの源流といっても過言ではない。したがって、その地を拠点とする府中アスレティック、ファイルフォックス、フトゥーロの去就が注目されるのは当然であろう。しかも、3チームは合従聨合を繰り返した歴史を持ち、今は独立して、それぞれ特長を有している。府中アスレティックは、早くから全国リーグ参入を表明、NPO法人を立ち上げるなど運営面で先行していた。ファイルフォックスは、実力ではNO1である。フトゥーロは、人気でNO1である。どのチームがエントリーしてもおかしくはなく、この3チームが連合を組めば、鬼に金棒という見方もあった。

 実際、会議では、3チームの中から1チームを選択してエントリーするのか、合同の新チームを設立、新チームでエントリーするのかについて議論がなされた。会議全体の意向としては、府中市内でもそれぞれのチームが根強いファンを持っていることから、できれば連合できないかという流れではあった。

 しかし、新チーム設立には課題があった。それは、すでに3チームは関東リーグに在籍中でリーグもスタートしてしまっているから、新チームでエントリーした場合は、チームの実態がないことになる。そこで、あらかじめ、全国リーグがスタートした時点で3チームが連合することを明記した特別条件でエントリーができないかという案が考えられた。しかし、この方式だと、全国リーグ下部組織の関東リーグに同一母体のチームが複数存在することになることや、北海道が連合方式でエントリーする構想が新聞報道され、あとからそれは難しいと撤回された経緯もあったため、必ずしも代替案にはならないリスクがあった。

 もう1つ、府中には課題があった。それは、会場となる府中市総合体育館の収容人数がアリーナ席、立ち見席を設ければぎりぎり2000人で、通常の状態では2000人に満たないことだった。したがって、いくら府中がフットサルのメッカと言っても物理的条件で落選のリスクが考えられた。

 2つの課題を抱え、会議を重ねているうち、ついに7月30日、JFAおよび日本フットサル連盟より正式に応募要領が発表された。これによれば、応募締め切りは9月30日、審査開始が10月1日、11月下旬に参加チーム決定というスケジュールである。

 これを受けて、府中の準備委員会は、3チーム連合方式のエントリーが可能かどうか、吟味した結果、落選のリスクを避け、まずは府中アスレティックでエントリー、参加が決まったところで、好ましい連合方式はないかあらためて考えようということになった。実際、のちのことになるが、北海道は、北海道内連合方式でエントリーしたが、チームの実態がないということで落選している。

 しかしながら、皮肉なことに、収容人数が2000人に満たないことから、府中アスレティックは落選となってしまった。2015年の東京都開催の国体を機に府中市総合体育館の拡張計画があることはあったが、この時点では決定に至らなかったため、どうしても収容人数がネックになってしまったのだ。

 すでに周知のとおり、2年後に府中アスレティックは再びチーム増の募集にエントリー、この時は府中総合体育館拡張計画が確定したため、参入を果たす。もっとも、この2年間、選手の移籍は激しいものがあり、もはや3チーム連合は幻となってしまった。

 チーム増のもう1つのチームは、連合方式で落選した北海道であることはいうまでもないが、それは、県リーグのDC旭川(第6回地域チャンピオンズリーグ優勝チーム)を母体とした実態のあるチームを作り、参入条件をクリアしてのものであった。

 もし、体育館の収容人数問題をクリア、全国リーグ設立当初から3チーム連合が実現していたら、今のFリーグ勢力図は少し変わったものになっていたかも知れない。

 それにしても、利用する公共体育館は県営よりも市営体育館が多いため、フットサルクラブは市との関係が重要であることは考えさせられる課題である。それは、市の人口規模にチームの観客動員数が縛られる可能性があるからである。府中の場合でいえば、人口約25万1千人の市に優秀な3チームがひしめく苦悩があった。かといって、調布市、多摩市、八王子市などまで拡張するイメージを作り上げるのも難しい。サッカーの例でいえば、FC東京は府中、調布などが本拠地であるが、地名は東京を名乗っている。では、ほかのフットサルクラブはどうであろうか。

 大阪市266万8千人、名古屋市225万7千人、神戸市153万8千人、大分市47万1千人、町田市42万2千人、府中市25万1千人、浦安市16万5千人、花巻市10万3千人。これは、エスポラーダ北海道と湘南ベルマーレの広域を除いたFリーグチームのホームタウンを当時の人口順に並べたものである。

 これを見てもわかるとおり、全国リーグ設立3年目にして、勢力表現として西高東低という言葉が使われようになったが、なんとなく人口と関係しているように思えるのは筆者だけであろうか。実際、設立3年目の2010年のホームの観客動員数のベスト3は、大阪、名古屋、神戸であった。ちなみに、2015/2016シーズンは1位北海道2万2636人、2位名古屋1万9833人、3位町田1万8840人、4位浦安1万6029人と東が盛り返している。残念ながら、1チームあたりのリーグ観客動員数は、2万4573人、2万1640人、1万9357人と3年連続、下降となってしまった。

 さて、お宝写真は、もう見られることはない因縁の府中市総合体育館での府中アスレティック対ファイルフォックスの試合の一コマとしよう。時は2004年12月25日、第6回関東リーグ11節で、全国リーグ発足発表の約1年半前のことである。両チームがFリーグに参戦していたら府中ダービーとして人気を博したことであろう。この時もほぼ満員状態であった。結果の方は4-4の引き分けで、このシーズンはファイルは無敗優勝、2位が府中アスレティックであった。

 ちなみに、この写真の続きはというと、手前のファイル稲葉がさらにドリブルで持ち込み、ファー詰めの木暮にパス、木暮がこれを常道の突き上げるシュートで先制点を奪った。

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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