2016.02.10 Wed

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第10章「その3:強まる『関東包囲網』。DC旭川vsマグが争った地域CL王者」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

 歴史あるチームのガロが関東リーグ参入戦で必死に残留争いを戦っているさなか、ほとんど同時期の3月3日から5日、駒沢体育館で第6回地域チャンピオンズリーグが行われていた。

  早くも6回を数えた地域チャンピオンズリーグは、第1回小金井ジュール、第2回ファイルフォックス、第3回カスカベウ、第4回シャークス、第5回ファイルフォックスとこれまで関東勢が優勝を独占してきた。

 第6回の関東代表出場チームは、リーグ1位のカスカベウを筆頭に2位プレデター(初出場)、3位ボツワナ(初出場)の3チームである。カスカベウは優勝経験があり、プレデターは1ヶ月前の選手権で優勝、ボツワナも新興勢力として全国に知れ渡る強豪である。今年も、関東勢が優位かと思われたが、結果はそう甘くはなかった。なんと、全日本チャンピオンのプレデター、新興勢力ボツワナは予選リーグ敗退、カスカベウも準決勝で関西のマグに敗戦となり、ついに地域リーグの王座を全国リーグが始まると予測される前年に他地域に明け渡すことになってしまった。

  たしかに関東勢はリーグ戦、選手権の疲れもあったとは思う。しかし、カスカベウは最強と目される関東リーグで優勝、プレデターは選手権で優勝の実績を残せたので、参入にあたっての実績をクリアした安堵感が出てしまったかも知れない。

 一方、カスカベウ、プレデター以外のチームにとっては地域リーグ優勝の実績だけでは評価実績として安心はできない。少しでも全国レベルの実績を残さねばならない。そんな動機付けの差があったことは十分予測される。

 実際、あとでわかったことであるが、本大会参加12チームのうち、関東以外で全国リーグ参入の申請を出したチームは、北海道のDC旭川(北海道連合チームの1つとして)、東海の田原FC、関西のマグ、九州のスポルバ21など4チームであった。これに関東のカスカベウ、プレデターを加えると6チーム、実に12チーム中6チームの半分が全国リーグ参入を目指すチームだったというわけである。すでに、この時点で、審査のための実績作りという「場外の戦い」は始まっており、打倒関東の包囲網が形成されつつあったのだ。

  まず、モチベーションの煽りを食ったのは、ボツワナであった。予選リーグC組のチームは、ボツワナ、マグ、田原FCでまずボツワナとマグは引き分ける。マグは7-3で田原FCに勝利したため、ボツワナは5点差で田原FCに勝たねばならない。田原FCはもはや決勝トーナメントに上がる目はないが、なんとしても関東の成績上位を食い止めねばならない。田原FCは一時3点差を付けられるが、そこから逆転、結局は7-7の引き分けでボツワナの決勝トーナメント進出を止めたのであった。結局、Cグループはマグが決勝トーナメントに進出した。

 予選リーグB組のチームは、プレデター、関西のカンカンボーイズ、北信越のインディゴインディゴであった。カンカンボーイズは、ロンドリーナが優勝した第8回選手権で準優勝の実績がある。そのカンカンボーイズにプレデターは4-5で敗れ、あえなく予選敗退となってしまった。B組はカンカンボーイズが決勝トーナメントに進出、これで関西2チームが決勝トーナメント進出を決めたことになる。D組はカスカベウが勝ち上がり、A組はDC旭川が勝ち上がり、決勝トーナメントは、マグ対カスカベウ、DC旭川対カンカンボーイズの組み合わせとなった。

  マグ対カスカベウの一戦、ここでも、モチベーションが働く。マグは、フィールドプレーヤー6人という厳しい選手層だったが、打倒関東の気持ちは強かった。何しろ、福角、藤井の主力2名が関東のプレデターに移籍していたから、なおさらであったろう。8-7で接戦をものにし、ついにマグは全国のタイトルに手が届く決勝戦まで駒を進めると同時に関東の優勝を阻止したのであった。

  決勝戦はマグ対DC旭川の対戦となった。マグはのちのFリーグのシュライカー大阪であり、DC旭川は、エスポラーダ北海道に多くの選手が移籍したチームである。のちのFリーグにおいても、関東のチーム打倒を目指すチーム同士の対戦になった。選手には、菅原和紀、嵯峨佑太、佐々木洋文、荒井紀弘、辻良樹、高山剛寛らがいた。彼らはエスポラーダ北海道のFリーグ参入時のメンバーである。

 結果は、マグはカスカベウを倒すことに精力を使い果たしたか、3-4でDC旭川に敗れ、全国タイトルを手にすることはできなかった。逆に、DC旭川は関東のチームと対戦することなく、全国タイトルを手にしたことになり、選手は口々に関東のチームを倒して優勝したかったと述べるのであった。

 ちなみに、翌年の第7回地域チャンピオンズリーグは、大洋薬品バンフが優勝した。その決勝の相手はマグだった。マグは予選リーグで府中アスレティックを破り、準決勝ではファイルフォックスを倒して決勝進出した。2年連続、カスカベウ、ファイルフォックスの2強を倒しての決勝進出だった。しかし、マグは、2度とも優勝することなく、Fリーグへ参入し、地域チャンピオンズリーグでの実績を残すことはできなかった。

  一方のDC旭川は、予選リーグでカスカベウ、大洋薬品バンフと同組となり、念願の関東のチームそれも強豪カスカベウとの対戦が実現した。しかし、5-6で惜敗、大洋薬品バンフにも敗れため、決勝トーナメント進出はならなかった。翌年、エスポラーダ北海道に多くの選手が移籍したため、願いは実現しなかった。

 そんなエピソードを持つ第6回地域チャンピオンズリーグであったが、この大会以降、確実に関東に対抗するチームが台頭してきたことは間違いない。

 さて、お宝写真は関東勢ではないが、第6回地域チャンピオンズリーグで初優勝したDC旭川の集合写真にしよう。DC旭川はディヴェルティードSSPとチーフスという旭川の強豪が合併したチーム。中心選手である菅原と佐々木はチーフスの助っ人としてフットサルをプレーしていたが、自分たちのチームを作ろうとディヴェルティードSSPを結成した。SSPは菅原・佐々木・プロジェクトの略である。

 ディヴェルティードSSPは結成4カ月に出場した第8回全日本選手権で4位になり、フットサル界に華々しくデビューした。だが、第9回全日本選手権では予選リーグで上村信之介、渡辺英朗、小野大輔のトリオが率いるフトゥーロの洗練されたコンビネーションに手も足も出ず0−6で完敗。この敗戦で味わった悔しさが、彼らをさらにフットサルにのめり込ませるきっかけになったという。

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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