2016.02.05 Fri

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第10章「その2:塗り変わる関東の勢力図。名門ガロの降格と、権田FCの昇格」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

 全国リーグを目指すチームが現れ、派手に発表された2006年3月、一方で、歴史ある関東のチームがまた1つ表舞台から退場するのだった。それは、1998年設立のガロで、3月4日から始まった第8回関東リーグ参入戦で6年間守った関東リーグから降格となってしまった。

 ガロは、1996年から始まったこの三国志の揺籃期に次々と誕生したチームの1つで、第1回関東リーグ優勝(プレデターと同時)、第2回地域チャンピオンズリーグ準優勝、第2回スーパーリーグ準優勝の輝かしい実績を持つチームである。代表および監督は個性豊かな横田年雄で、そのブログや、横田の個性に惹かれて結成されたガロのサポーター組織は有名であった。また、シャークスへの大量移籍で話題になり、そのあと、若手を育成、日本代表の横田怜、滝田学、小山剛史などを育て、育成の横田塾としても名を馳せた。

 ところで、第7回の関東リーグ下位リーグの結果は、話の展開上書かなかったが、結果は、7位シャークス、8位府中アスレティック、9位マルバ、10位ロンドリーナ、11位ガロ、12位サルバトーレソーラであった。なお、順位の表記は上位リーグと合わせた通算の順位である。ペナルティにより勝ち点ゼロでスタートしたロンドリーナは汚名をはらすべくがんばって、下位リーグ全勝で残留に成功した。上位リーグ全敗だったサルバトーレソーラは、下位リーグでようやく1勝を挙げたものの最下位となり、結局、11位のガロと最下位サルバトーレソーラが第8回の参入戦にまわることとなった。

 その参入戦、ガロは、関東リーグ通算成績11位グループの決勝戦まで進み、残り5分まで3-2でリードし、降格を免れるかに見えた。しかし、その後同点にされ、なんと残り5秒のコーナーキックがゴールとなる逆転負けを喫し、ついに表舞台から退場することになってしまった。

 この時の模様を関東リーグのホームページではこう報じている。

「まずは、11位ブロックの決勝ガロ対セニョール戦、残留対復帰対決となったが、残り4分で3-2とガロがリード、このまま逃げ切るかと思われる試合だった。しかし、セニョールには失礼かも知れないが運がだいぶ左右したかも知れない。残り3分に松本の放ったミドルのグランダーシュート、これまで再三ファインセーブを見せていたガロのゴールキーパー平井だったが、その手をすり抜けるようにゴール左スミに決まってしまう。しかも、その前、あれだけ敵味方がいる人数の誰にも当たらず、ゴールまでボールはすり抜けた。それでも、まだガロには前の試合のPK戦で高西クラッシャーズを下している運がある。とそんな予感もした残り5秒、最後のチャンスであろうゴール右サイドのコーナーキックを得たセニョールがまさかの逆転打を打ったのだ。コーナーからの戻しを打ったシュートはゴールラインを割り、キックインになった。恐らく、残りは3秒程度であろう。そのキックインからまたしても打った松本のミドルシュートはゴール正面に行き、ゴール前の選手に当たり、一瞬浮いて、そのままボールはゴールに押し込まれるように入って行った。あとでセニョールの選手に聞いたら誰も押し込んではいない、もしかしたらオウンゴールかも知れないとのことであった。むろん、ガロもクリアできたかも知れない。結局は松本のゴールとなったが、これが1年間の明暗を分ける結果になろうとは・・。」

 12位グループのサルバトーレソーラは1回戦で敗退、結局、昇格したのは返り咲きの千葉県のセニョールイーグルスと、初昇格の神奈川の権田FCであった。セニョールイーグルスは、第5回以来の復帰を果たした。

 権田FCの戦いぶりについては、当時、関東リーグではこう報じている。

「続く12位ブロックの決勝は、目の前で同じ千葉県のセニョールの復帰を見た柏RAYOと神奈川の権田FCとなった。柏RAYOは、前評判の高かった東京代表のカフリンガを4-2と快勝しての決勝進出であった。一方の権田FCは、全国大会神奈川予選ではロンドリーナを苦しめるほど最近力をつけてきたチームで昨年も参入戦には進出している。しかし、今大会ではダークホース的な存在であった。だが、そのダークホース的存在、どちらかというと気楽に戦ったのが幸いしたのだろうか、軍配は権田FCに挙がった。実力は柏RAYOの方があったと思うが、1年で復帰のプレッシャーからか固いスタートとなってしまった。前半にカウンターから左サイドをドリブル突破され、センタリングを合わされて先制点を奪われてしまう。しかし、ボール支配は柏RAYO、後半も押し気味に進めるが、残り8分にアクシデントは起こった。権田FCがカウンターから抜け出し、柏のGK石井と1対1になる。石井はゴールラインの前に出てスライディングで防ぐが、これが1発レッドの退場。再三ファインセーブを見せていた石井だっただけに、柏にとっては想定外だった。このFKは防ぐものの4人になった柏に対して、権田FC、中川の打ったゴール中央からのシュートは柏のDFに当たってコースが変わり追加点、これが結局決勝点になってしまった。柏としては、引き気味の権田FCに最後はパワープレーで臨んだが、崩すことはできなかった。」

  権田FCは、その後、コロナFC/権田と名称変更した。現在は、1部で上位に食い込むチームとなっている。その後、降格、復帰を繰り返したが、なんと今年(2016)、ついに、第21回全日本選手権に関東第1代表として念願の初出場を果たしたことはつい先ごろのことである。また、第2代表には、柏トーア(柏RAYOを改名)が同じく初出場で入ったことは10年経過した今、感慨深いものがある。

  さて、ガロは、育成した選手達は横田塾を卒業、何人かはFリーグで活躍することになる。チームの方は、戦力低下は否めず、現在は、東京都3部リーグに位置し、関東リーグ復帰は厳しい状況となっている。

 過去においても、府中水元クラブ、アズー、小金井ジュール、エスポルチ藤沢、ウィニングドッグなどがさまざまな事情で表舞台から去っていった。しかし、ガロの降格は、全国リーグ設立による新たな関東の勢力地図塗り替えの予兆を示すものと考えることができる。

 参入戦のドラマは、ガロの降格ドラマだけではなかった。それは、高西クラッシャーズがまたしても関東リーグ昇格をPK戦で逃したことにも表れている。エースの上澤貴憲(のちに名古屋オーシャンズ、府中アスレティック)擁する高西クラッシャーズは、2年連続PK戦で敗れ、関東リーグ昇格できなかったことは以前に書いた。その翌年もPK戦ではなかったが昇格はならなかった。

 そして4回目の挑戦、11位グループになった高西クラッシャーズは、2回戦でガロと当たり、またしてもPK戦で涙を飲むのだった。さすがに上澤は、その後海外行きを模索するなど身の振り方を考えることとなった。その矢先、大洋薬品バンフから声がかかったという。こうして、4月に入ると大洋薬品バンフへの加入が発表された。もし、ここで高西クラッシャーズが関東リーグ昇格を決めていたら上澤はどうなっていただろうか。

 ちなみに、高西クラッシャーズは改名して、現在はアルティスタ埼玉となり2部昇格を果たしている。しかし、今シーズン(2015/16)は2部11位となってしまい、2016年2月21日に降格か残留かを賭けた参入戦を迎えようとしている。 

 この年も、関東リーグ参入戦にはドラマがあった。

 さて、お宝写真は、苦節10年、ついに全日本選手権初出場を果たしたコロナFC/権田にしよう。これは昇格時の「関東リーグプレス」2号のシーズン始めの紹介写真である。コロナFC/権田は、設立は2001年と古く、すでに15年の歴史がある。横浜近辺の法政二高のサッカー部OBを中心に作られたチームで、権田次郎がその一人だったことから最初はFC権田という名前になったという。実際、法政のOBが今でも現役に名を連ねている。

 FCコロナ/権田の凄いところは、昇格、降格を繰り返して今日があるところである。昇格して3年目の第10回大会で最下位となって降格、2年で昇格、しかし1年でまた最下位で降格、3年間2部にいて、昨シーズン再び昇格したのである。今まで、2度降格となって、復帰したチームは今のところいない。

 それだけ、紹介文のタイトル通り、団結力が強いということであろう。

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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