2016.01.13 Wed

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第9章「その7:全日本都予選ボツワナvsファイル。残り1秒のキックインドラマ」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

 1stステージ最終節を終えたところで、第7回関東リーグはいったんお休みとなり、各チームは第11回全日本選手権の都県予選の戦いへと散っていった。そして、激戦の都予選は2005年10月15日より始まった。

 残り33秒のキックイン、残り4秒のキックインに続く残り1秒のキックインドラマは、都予選1次ラウンドの最終日、2005年10月29日に起こった。なお、これらの試合の残り秒数はゴールが決まって時計が止まった時を記述しており、実際のキックインはその1秒から2秒前であろう。

 都予選1次ラウンドの組み合わせは抽選で行われるが、グループAは同じ関東リーグ同士のボツワナとファイルフォックスが同組となった。ボツワナは、関東リーグ開幕節でファイルフォックスを破っており、過去に、カスカベウを同じく都予選で破った実績もある。波乱が予測される組み合わせとなった。

 15日から始まった都予選、ここまでファイルフォックスは2勝、一方のボツワナは1勝1分けで来たから、1次ラウンドの最終試合は、ボツワナの方は勝たなくては2次ラウンドに進めない。ファイルフォックスは引き分けでもよい。しかし、会場は、すでにボツワナがまたやるのではないかと多くの観衆が詰めかけ、立ち見でいっぱいになるほどの熱気に包まれた。(ボツワナは、2001年10月27日の都予選で当時優勝候補筆頭のカスカベウを3-1で破るミラクルを起こしていた。)

 試合は、前半は2-1でファイルフォックスがリード、しかし、後半は連続してボツワナが得点、ついに逆転する。しかし、残り2分でファイルフォックスが同点に追いつき、勝負というより、引き分けでも選手権出場という点では俄然ファイルフォックスが有利となった。

 ボツワナは北原のパワープレーに出て、勝ち越しを狙う。しかし、時間は刻々と過ぎていく。

 そして、残り1秒(実際にはその前)、ボツワナがゴール右、おおよそペナルティエリアライン付近からのキックインチャンスを得る。北原は、ゴール前に蹴れば何かが起こると思い、シュートともパスとも思えるボールを祈るような思いで蹴った。ボールは2人の壁をすり抜け、スルスルとコースは変らないように見えてゴールに向かい、ファーサイドのネットを揺らした。

 ゴールキーパーの遠藤は、ほとんど無反応に見えた。一瞬、静寂があった。しかし、その一瞬の間が、トラブルの元になった。審判はゴールの判定、歓声が起こるボツワナのベンチ、一方、猛然と抗議するゴールキーパー遠藤、何が起こったかと騒然となる会場であった

 キックインで誰も触らずにゴールした場合は得点とは認められない。一方、ゴール前にいた木村が少しでも触っていれば、得点となる。遠藤は、触っていないことをアピール、だからこそそれを見切ったという。一方、木村は、自分がゴールしたことをアピール、30分以上、ゲームは中断された。

 むろん、ファイルフォックスも判定が覆ることはないことはわかっていた。しかし、時計の針は残り1秒であるから、ここで認めればゲームは終わることもわかっていた。その自分達を納得させる時間が30分は必要だったということであろうか、審判がしつこい抗議に遅延行為でイエローなりレッドを出さないのも不思議だったが、その納得の時間を認めたのだろうか。観客は納得のいかないまま、ついにプレーは再開、ファイルフォックスの一蹴りでゲームは終わった。

 それにしても、ファイルフォックスのマイボールになって、なぜ、時間稼ぎの常套手段であるキーパーのロングキックを使わずに、ゴール左サイドのディフェンス板谷に出すことを選択したのか。なぜ、その板谷はキープできずにボツワナに簡単にキックインのチャンスを与えてしまったのか。なぜ、北原のキックインが壁になった板谷と北の間を簡単に抜けてしまったのか。なぜ、抜けたボールに対して、万が一を考慮してキーパー遠藤は反応しなかったのか。

 これらの偶然が重なって残り1秒のキックインドラマは生まれたのだろうか。

 しかし、このドラマはそれだけで生まれたものではない。そこには、ボツワナの苦難の道程があり、4年前のサプライズとは違う実力がすでに備わったうえでの勝利だった。

 カスカベウを都予選で破りミラクルを起こしたが、決勝でファイルフォックスに1-15で大敗、衝撃を受けたボツワナは公式リーグに参戦することを決意した。2002年に都のオープンリーグからスタート、2003年には東京都2部に昇格、優勝を果たす。

 同時に当時、民間大会でたびたび顔をあわせていた暁星高校サッカー部OBで作った「森のくまさん」と意気投合、ほぼ合流したが、「森のくまさん」は単独でも民間大会に出場していた。ちなみに「森のくまさん」は2003年、2004年のピヴォチャンピオンズカップに優勝している。

 また、北原は、すぐにはボツワナには加わらず、2004年度の関東リーグ参入戦には渋谷ユナイテッドで出場している。このような紆余屈折を経ながら、本格的に戦力強化を行い、2004年度の都1部リーグで優勝、2005年度から関東リーグ参戦となった。カスカベウ戦のミラクルからすでに4年が経過、もはや、当時最高峰の公式リーグである関東リーグでファイルフォックスを破るまでに成長していたのである。

 もっとも、ボツワナはこの都予選を勝ち抜くことはできず、選手権初出場を果たすのは翌年の2006年第12回選手権であった。

 さて、お宝写真は、残り1秒の証拠写真としよう。ところで、この原稿を書いている時、残り1秒のドラマを引き起こしたキックインの張本人、北原の引退表明が名古屋オーシャンズから発表された。一旦はサラリーマンになったが転向、そして残り1秒のドラマから数えて約10年、派手さはないが、堅実なプレーとここぞという時に見せる勝負強さが北原の真骨頂であると思う。日本代表歴52試合、Fリーグベスト5/最優秀選手、名古屋オーシャンズキャプテンなど、見事、フットサル人生を全うしたのではないだろうか。また1人、関東リーグ輩出の名選手が現役を去ることは寂しいが、その活躍に感謝したいと思う。

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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