2015.12.12 Sat

Written by EDGE編集部

Fリーグ

【引退会見全文】バルドラール浦安・高橋健介「“浦安の男”で終われて良かった」

指導者としてFリーグ優勝の夢を叶えたい

HND_0164

——フットサル人生で思い出に残っていることは?

それぞれのシチュエーションのファーストゴールというか、試合を決めるゴールというのは、すごく印象に残っているし、日本代表でのゴールを決めた瞬間とか、スペインでの1点目とか、そういう何か認めてもらえる瞬間だったと思うので。そういうゴールというのは、自分にとっては貴重な思い出だったなと思います。

——引退を決めてからの周りの反響については。

引退を発表したコメントでも言いましたが、人の縁というか、運というか、「持ってるな」と昔はよく言われていたので、人生においても運があって。スペインから帰ってきたタイミングで、(浦安のスポンサーでもある)オリエンタルバイオで社員としてフットサルに専念できる環境を与えてもらったり、ペナルティもずっと大学生のころからサポートしてくれたり。そういう人の縁に恵まれてきているので、先輩方が僕を引っ張ってくれて、最初の頃は代表に入ってたけど何も出来ない若者を、頑張れ、できるぞって、厳しかったですけど、引き上げてくれて。今回も他のチームのスタッフやメンバーから、たくさんメッセージだったり、電話だったりをもらって、SNSで発信してくれているのを目にして、本当にこんなに幸せなことはないなと。自分自身がここまでやってきたことを評価してもらえたのはうれしいです。

——北海道出身ということで、北海道で最後はプレーするのではないかとも言われていたが、浦安で終わることにこだわった?

もちろん、北海道に対する気持ちは、自分を18歳まで育ててくれた土地ですし、思い入れはあるのは間違いありません。でも、フットサル人生から支えてくれた場所で、写真展までやってくれたり、セレモニーをやってもらえたりして、ここで終われて良かったなと思います。

HND_9780

——セレモニーでの「浦安の男で始まり、浦安の男で終わります」という名言はいつ考えたのか?

(浦和レッズの)鈴木啓太さんが言ってたので……(笑)。そういうのを言わないと、感情をコントロールしきれないなというところもあったので、本当はもうちょっと面白いことを言おうと思ってたんですけど。

——今後については。

やっぱりフットサル界にたくさん夢を見せてもらったし、いろいろなことを経験させてもらったので、自分ができることで、フットサル界に貢献できるように戻ってきたいなと。具体的に言えば指導者です。まずは、そこに向かう前に、選手としてやり切るというところなんですけど、少しずつ勉強し始めたいなと。

——将来的な目標は?

求められる求められないというのはあると思いますが、求められれば、自分の力が還元できるのであれば、それは一つの夢の続きというか、スペインから帰ってきてこのクラブでFリーグで優勝させるんだということで帰ってきたので、選手としては叶えられなかったけど、違った形で叶えられるようにというのはあります。その先に監督としてステップアップは出てくると思うので。まずは一つ一つ、階段を上っていけるようにしたいなと思います。

——ベストゴールを挙げるとしたら?

今日のゴールは実際に印象に深く残ってるかなと思います。自分の良い形でゴールをとれたし、ホームでみんなが自分に注目してもらえる中でゴールをとれたので。本当に退場がなければ……(笑)。一つは難しい。全日本で延長で反転したゴールも印象に残ってるし、日本代表でもアルゼンチン戦のゴールもそうだし、かなり印象に残ってるのはキルギスタン戦で3−0で負けているところから、グレさん(木暮賢一郎)からのパスをアウトで流し込んだゴールは、本当に厳しい状況の中で代表を助けられた、初めて貢献できたゴールということで印象に残ってますし……。やっぱり決められません(笑)。

HND_0042

高橋健介(たかはし・けんすけ)
1982年5月8日生まれ、北海道旭川市出身。旭川実業高校時代に全国高校サッカー選手権出場。卒業後、順天堂大学に進学。在学中にフットサルに出会い、練習生からプレデター浦安に加入。2004年に日本代表に選ばれ、初めての国内での試合となったアルゼンチン戦の第2戦で初ゴール。「フットサル界のシンデレラボーイ」とも呼ばれた。2008年にはスペインリーグ1部のカハ・セゴビアへ移籍。同じくスペイン1部グアダラハラを経て、2011年にバルドラール浦安に復帰。2012のワールドカップの日本代表メンバーにも選ばれたが、第2戦で負傷離脱。現役生活を通して多くの怪我に泣かされた。2015シーズン終了後、現役引退。

1 2

◀︎前の記事 トップ ▶︎次の記事