2015.12.02 Wed

Written by EDGE編集部

Fリーグ

植松晃都はなぜ17歳で日本代表に選ばれたのか? P.S.T.C.ロンドリーナの「育成力」

写真:本田好伸

17歳にしてフットサル日本代表に選ばれ、湘南ベルマーレでも主力選手として活躍する植松晃都。この「日本フットサル界の至宝」を育てたのが、湘南ベルマーレの前身チームであり、現在は下部組織としてスクールやチーム活動を行っているP.S.T.C.LONDRINAだ。チームOBであり、現在はテクニカルダイレクターと監督という立場から支える阿久津貴志、伊久間洋輔の2人に話を聞いた。
(文・北健一郎/futsalEDGE編集長)

最初は“フットサル全否定”だった

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——P.S.T.C.LONDRINA(ロンドリーナ)はFリーグの湘南ベルマーレの前身チームです。2002年には全日本選手権で優勝して日本一にもなっています。当時、阿久津さんはゴレイロ、伊久間さんはピヴォで中心選手として活躍していました。

阿久津 僕たちが現役選手だったときは、今のようにFリーグもなくて、みんなバイトをしながらフットサルをしていました。ただ、それだけでずっとやっていくのは厳しい。フットサル場でスクールをしながらプレーする環境を作りたいなと思っていました。

——スクールを始めるきっかけは?

阿久津 元々、カスカヴェウのヨシ(前田喜史)がやっていたスクールがあったんですが、ヨシがブラジルに行くということで引き継いで。それが2001年で、そこからP.S.T.C.LONDRINAスクールを始めました。

伊久間 今でこそ増えましたけど、当時はフットサルのスクールそのものが珍しかった。だからフットサルに対する偏見がすごくありましたね。

阿久津 もう、“フットサル全否定”って言ってもいいぐらいでした。「フットサル? 何だそれは?」と。まだまだフットサル自体の認知度も低かったですからね。

伊久間 スクールに30人ぐらいいたのに、一気に6人になったこともありましたね。

阿久津 子供たちが所属しているサッカーチームの指導者から「フットサルは悪影響があるからやるな」「フットサルのスクールに通うんだったら試合に出さない」と言われて。子供たちの中にはフットサルをやりたいという子供もいたんですが……、あのときは板挟みのような状態になってしまって、申し訳なかったですね。ただ、それがあったからフットサルがどういう風に影響があるかを、ちゃんと伝えていかなきゃいけないなと思わされました。

——フットサルへの偏見を、どのように解消していったんでしょうか。

阿久津 親御さんが実感してくれたのが一番大きかったですね。ウチのスクールに来ている子供が、自分のサッカーチームで活躍できるようになって、フットサルをやって良かったと言ってもらえるようになりました。それに、メディアでもフットサルの有効性がだんだんと広がっていった。そこにFリーグ開幕が重なって、ようやく認知されてきたという感じですね。

——Fリーグ開幕に合わせてロンドリーナは「湘南ベルマーレ」にチーム名を変えましたよね。そのときに、スクールの名前も変えるという話にはならなかった?

阿久津 真壁さん(潔/現・湘南ベルマーレ会長)に「スクールはどうしますか」と聞いたら、「ロンドリーナは歴史があるから、名前は変えなくてもいいんじゃないか」と言っていただいて。サッカーはベルマーレ、フットサルはロンドリーナ、どちらのスクールにも通ってほしいというスタンスですね。

伊久間 チームの方針として、ジュニア(U−12)、ジュニアユース(U—15)まではサッカーもフットサルも両方やってもらっています。そこから先、ユース(U—18)ではどちらかを選択してもらっています。

——スクールとしてのコンセプトは。

伊久間 基本的にはサッカー、フットサルを完全に分けるのではなく、「フットボール」で必要なスキルを学ぶというのがコンセプトです。ジュニア(U—12)、ジュニアユース(U—15)までは、狭いスペースの中でたくさんボールに触ることや、判断を速くすることに重点を置いています。ユース(U—18)はフットサル専門チームなので、ボールの動かし方や、戦術的なパターンだったりをやっていきます。サテライト(P.S.T.C.LONDRINA)は横澤(直樹/湘南ベルマーレ監督)が見ているので、トップと同じことをやります。

——今、スクール生は何人ぐらいいるんでしょうか?

阿久津 約700人です。神奈川には横浜F・マリノスも、川崎フロンターレも、もちろん湘南ベルマーレもあるスクール激戦区です。その中で700人というのは街クラブとしては少なくないと思います。

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植松は4歳からスクールに通っていた

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