2015.11.06 Fri

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第7章「その8:ガッタス、カレッツァ、南葛……『芸能人女子フットサル』が人気沸騰」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

 カステジョンが来日、真夏の駒沢で熱い競技フットサルが行われた同じ時期の8月14日、15日、お台場にあるフジテレビの特設フットサルコートで、女子芸能人によるフットサル大会「お台場カップ」が開催された。

 もともと、芸能人女子フットサルは、サッカー協会が日本女子サッカー代表なでしこを応援するために企画したイベントであったが、フットサルの普及とあいまって人気が沸騰、フジテレビを初め、スポンサーもついて2003年頃より活発に大会が行われるようになった。

 この「お台場カップ」は雑誌ピヴォ!によると、2日間の開催で合計6000人の動員を記録したという。また、テレビの実況中継も行われた。チーム数もピーク時は20を数えるほどで、ハロプロのガッタスブリリャンチスH.P.、サンズのカレッツア、ホリプロのザナドゥ、南葛シューターズなどが有名である。

  さて、なぜに芸能人フットサルと関東リーグが関係あるかというと、芸能人フットサルとはいえ、次第に競技フットサルの様相を呈してきたからである。芸能人フットサル専用の通年リーグまでできるようになり、芸能人とはいえ真剣に勝負するからこそ観客も集まってきた。こうなると、コーチが必要になり、チームによっては、相根澄、市原誉昭、木暮賢一郎、安藤信仁、高橋健介ら関東リーグの選手達をコーチ依頼するようになったのである。

 のちに、芸能人女子フットサルの人気は下火になったが、この時期、フットサルの知名度を上げる役割を果たした。実際、フットサルに興味を持って、関東リーグに足を運ぶサポーターもいた。 

 2004年といえば、2002年頃から始まった景気の回復傾向がますます顕著になった頃で、世界選手権の出場、芸能人女子フットサルなどの影響もあって、フットサルの知名度は大幅にアップした頃である。その結果、土地の有効活用を図るフットサル施設も大幅増加、絶頂期を迎えることとなった。

 ちなみに、日本フットサル施設連盟の資料によれば、年間の新規開設施設数は、2002年に48、2003年に75だったものが、2004年は97、2005年で95、2006年は下がって78となっており、2004年がピークであった。

 関東リーグに目を転じてみると、8月28日に第8節が行われており、この時点では府中アスレティックが1位、2位にファイルフォックス、3位がカスカベウであった。府中アスレティックとファイルフォックスは勝ち点1差で、引き分けはあるものの無敗で優勝争いを演じていた。この頃は、1試合平均500人から600人の観客動員があり、会場が駒沢屋内球技場、駒沢体育館、府中体育館だと、1000人は入るくらいまでに動員数を増やしていった。

 いよいよ、経済情勢、世界選手権出場、基盤となるフットサル施設数やプレーヤー人口の増加など総合的に見て、全国リーグが現実味を帯びてきた。

 ということで、今回のお宝写真は、関東リーグの表彰式に来てもらったフットサルラジオWEBのパーソナリティで自らプレーもする影山のぞみと、カレッツアのエースストライカー、小島くるみのファイルフォックス優勝(第6回関東リーグ、2005.1)のインタビュー写真にしよう。ファイルフォックスは小宮山友祐、吉成圭、北智之が映っている。

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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