2015.09.25 Fri

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第6章「その4:SARSの影響で幻に終わった日本開催のアジア選手権」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

 この頃より、来年行われる世界選手権に向けて、日本代表は海外遠征を頻繁に行うようになった。

 2003年4月以降、4月のオーストラリア遠征、マレーシア・クアラルンプールで行われたKL WORLD5、7月にイラン・テヘランで行われた第5回アジア選手権、10月のエジプト・カイロで行われたピラミッドカップ、11月のタイ・バンコクで行われたタイランド5、翌年3月のオーストラリア遠征など、第6回アジア選手権(世界選手権予選)まで計6回の遠征が行われたのである。

 2003年6月3日、KL WORLD5国際大会は、マレーシアがスポーツ振興のために開催したもので、世界12カ国の強豪が集まる大きな大会であった。ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイなどの南米勢、イラン、ウズベキスタン、タイなどのアジア勢、そして南アフリカ、イングランドなどが参加している。

 結果は、予選リーグでアルゼンチンに1-5で破れ2位となり、2位トーナメントに回ることになった。しかし、ウズベキスタン、タイを3-2、4-3で破り、2位トーナメントながら優勝を果たした。日本にとっては国際試合では初めての優勝カップであり、日本開催予定のアジア選手権に向けて大きな弾みとなった。

 しかし、その第5回アジア選手権はSARSの影響で、日本は返上を決意、残念ながら関係者にとって悲願の日本開催はならなかった。日本開催は結局4年後の2007年、第9回大会まで待つことになる。なお、本代表監督就任が内定していたセルジオ・サッポは大会に帯同はしたものの、監督は原田で、サッポはまだベンチ入りはしていなかった。

 2003年7月、日本が返上した大会はイランが引き取り、イランで開催されることになった。このイランでの開催は、予定外であったこと、同じ地の開催はわずか1年の間をおいてのことであったことから、そこにはドラマがあった。今回メンバーに選ばれた関東の市原、難波田、前田、関西の藤井は、第3回イラン大会は、元Jリーガー重視の選考基準の影響で選ばれていなかったからである。したがって、復活した彼らの大会にかける意気込みは相当なものがあった。

 また、この大会では最低でも2位になることが至上命題であった。なぜなら、翌年のアジア選手権は世界選手権出場権獲得の場であり、そのためにはシード権を得てイランとは別のブロック、別のトーナメントの山に入る必要があったからである。

 結果は、前回と同じく2位、少なくとも安定的に2位を確保できる力は付けてきたといえる。とりわけ、負けたとはいえイラン戦を4-6、一時は4-5で1点差まで追い上げた戦いぶりは、彼らのがんばりに負うところが大きい。それにしても、1万4千人のイラン人に囲まれての戦いだったというから、想像を絶する戦いだったに違いない。なお、この大会ではサッポが始めてベンチ入りをした。

7月28日 対パレスチナ<4対0> ○ 藤井 鈴村、木暮、市原
7月30日 対マカオ<14-1> ○ 得点者不明
7月31日 対クウエート<5-0> ○ 鈴村、相根、金山3
8月03日 対台湾<7-0> ○ 市原、藤井3、渡辺、相根、木暮
8月04日 対タイ<3-2> ○ 木暮、前田2(延長Vゴール)
8月05日 対イラン<4-6> ● 難波田、鈴村、前田、市原

 代表活動が一段落、代表選手がチームに戻ると、関東リーグは一段と活発化、好ゲームが展開されるようになった。8月30日、駒沢屋内球技場で行われた第6節、丁度中盤にさしかかる頃、1位がプレデター、勝ち点3差で2位シャークス、3位柏フットサルクラブ、4位ファイルフォックス、5位カスカベウと4チームが同じ勝ち点でならぶ混戦となっていた。

 観客動員数もこの時は延べで約2600人、1試合平均約500人、入るようになってきた。同じ駒沢屋内球技場の3節は述べ1500人であったから1.7倍に増えた勘定になる。のちに1試合1000人以上入る試合も見られるようになるが、着実に「見る」スポーツとして胎動を始めたといえる。

 お宝写真は、珍しいピラミッドカップの日本代表集合写真にしよう。写真を見てもわかるとり、背景はピラミッドである。この大会は、2003年10月4日からエジプトのカイロで行われた国際大会で、2002年にも行われたらしい。今回は日本も招待され、ブラジル、ベルギー、アルゼンチン、ウクライナ、エジプトの6か国が参加した。

この大会のメンバーは、
GK 川原永光(田原FC)
GK 岩坂浩行(FUTSAL OITA2002エスペランサ)、
FP 鈴村拓也(神戸ハーバーランド)
FP 相根澄(CASCAVEL)
FP 藤井健太(MAG’s FUTSAL CLUB)
FP 前田喜史(CASCAVEL)
FP 渡辺淳一(Midfiled Futsal Club)
FP 保坂信之(Midfiled Futsal Club)
FP 木暮賢一郎(FIRE FOX)

FP 大地悟(P.S.T.C.LONDRINA)
FP 関新(SHARKS)
FP 江藤正博(カンカンボーイズ)

 日本は、予選リーグでエジプト、アルゼンチンに敗退、5-6位トーナメントでベルギーに勝利、5位になっている。さて、大会はどのように行われたかというと、ピラミッドが見える砂漠の上に防砂グラスが張り巡らした特設コートを作って行われた。その証拠写真もお宝にする。

ピラミッドカップ1

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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