2015.08.19 Wed

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第4章「その8:名古屋GMが送り込んだ東海の刺客『Suerte banff』」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

 前回はボツワナの衝撃デビューがあった東京都予選を紹介したが、舞台を次のステージ、関東予選に移そう。

 関東予選は2001年12月8日~9日、山梨県の小瀬スポーツ公園体育館で行われた。すでに第3勢力の一角をなすチームでは東京のガロ、千葉のプレデター、神奈川のロンドリーナ、ブラックショーツらが出場、これにカスカベウを破ったボツワナ(のちのフウガ)が出場している。結局、全国切符を手にしたのはロンドリーナであった。ボツワナはプレデターと予選ブロックが同組でプレデターに敗れている。

 ロンドリーナは母体が同じエスポルチ藤沢から分かれたカスカベウの活躍を目標に今まで活動してきただけに選手権初出場の喜びはひとしおだったに違いない。その経験は翌年第8回にとてつもなく大きい成果となって現れる。第3勢力のもう一角、プレデターは、またしても関東予選敗退となり、まだまだ雌伏の時間を過ごすのであった。

 明けて2002年2月1日から駒沢体育館にて第7回選手権が始まった。この時には難波田も戻って来ており、ファイルフォックスは予選をなんなく通過、準決勝でロンドリーナと対戦する。もう一方の山の準決勝は小金井ジュールとSuert banffであった。小金井ジュールはのちにそのルールはなくなるが、地域チャンピオンズリーグ優勝枠で出場した。

 Suerte banffは、フットサル施設である愛知フットサルクラブが支援するフットサルチームで東海地域代表のチームである。選手にはBorn77の稲田祐介、三輪修也、ゴールキーパーには名古屋に転勤の関係でガロを辞めた石渡良太らがいた。また、当クラブのスタッフで椙田和明が選手兼代表を務めていた

 バンフで想像がつくとおり、愛知フットサルクラブはバンフスポーツの櫻井嘉人(現・名古屋オーシャンズGM)が経営するクラブで、この頃、すでに東京ベイフットサルクラブは手放し、その関係もあって、カスカベウとの関係は解消されていた。むしろ、自社経営のクラブチームで日本一を狙ったものである。実際、桜井は名古屋オーシャンズで日本一を手に入れる。

 さて、4強には、このSuerte banff、小金井ジュール、ロンドリーナ、ファイルフォックスが残ったが、4強のうち3強までが関東地域のチームで占めることになり、とりわけ東京を制するものが全国を制するとまで言われるようになったのはこの頃のことである。

 準決勝のファイルフォックス対ロンドリーナは、地力に勝るファイルフォックスが5-1で勝利、決勝にコマを進める。実はのちの第10回大会でも両者は準決勝で顔を合わせている。一方のSuerte banffは小金井ジュールを6-2で下し、決勝は東京対東海の戦いとなった。東京を制するものが全国を制する言葉どおり、1-0の僅差でファイルフォックスが勝利、カスカベウに奪われた盟主の座をわずか1年で取り戻す結果となった。

 このピッチには前述した椙田が立っていたが、現在もバンフスポーツのスタッフであり、櫻井がGMを勤める名古屋オーシャンズの運営も時折、手伝っている。まさか、この時に戦ったオスカー、難波田、木暮が大洋薬品バンフあるいは名古屋オーシャンズで関係が出てくるとは、この時は思いもよらなかったであろう。

 さて、ファイルフォックスの2連覇、続いてカスカベウ、そして再びファイルフォックスが選手権優勝という2強で4回優勝を占めるのになぜに戦国時代と思うかもしれない。それは、真の王者を決める戦いはどこにあるかという議論がようやくこの頃から芽生えたからである。例えば、全日本選手権、地域リーグ、地域チャンピオンズリーグ優勝を3冠と呼ぶ風潮も生まれた。

 そして、選手権に先立つわずか1週間前の2002年1月27日、以前は選手権の聖地だった有明コロシアムで第2回スーパーリーグの最終節が行われた。

 そこでは選手権に出場できなかったカスカベウと、選手権初出場を果たし、ベスト4の結果を残したロンドリーナのリーグ優勝をかけた試合が行われた。結果は、10-9というスコアで熾烈な戦いを制したカスカベウが6勝1敗でリーグ2連覇を果たす。

 2位にはガロ、3位には府中アスレティックが入った。ロンドリーナをはじめガロ、府中アスレティク、プレデター、シャークス、ブラックショーツ、アトレチコ MAG(関西特別枠)らを7節に渡るリーグ戦を制しての優勝であるから、これは選手権に勝るとも劣らない価値ある結果といえる。

 しかし、そこにはファイルフォックスはいなかった。

 逆に、第3回の関東リーグは1月20日に最終節を迎え、ファイルフォックスが9勝2分けの負け無しで優勝、2位にはフトゥーロ、3位にガロが入っている。

 しかし、そこにカスカベウはいなかった。

 ちなみに、乱立した残りのリーグ、リガ天竜は、Vasco/Banff/AVR/Pit Stopが優勝、ロンドリーナは4位、フットサル世田谷は5位、慶応BRBは6位に終わっている。リガフットサルジャパンは、イパネマズKOWAをのけてジョナス、チアゴを擁するERVA DOCEが優勝、ファイルフォックスは都合により3位決定戦棄権となっている。

 お宝写真は、1-0というフットサルでは珍しい僅差のスコアで優勝したファイルフォックスとSuerte banffの決勝シーンにしよう。前半5分、後方の板谷竹生からのループパスに木暮賢一郎が走り込んで胸トラップ、ゴール前の混戦に持ち込んで最後はGK、DFの3人をかわして挙げた虎の子の1点を奪った直後、喜び勇んで写真中央の木暮が自陣に戻るシーンである。一番左には、Suerte banffのGK石渡、右に映っているのは稲田である。奥には小宮山友祐、審判は以前にも紹介した松崎康弘(現・FリーグCOO)が映っている。

 GK石渡は、フットサルの想い絶ちがたく、のちに名古屋の就職先を退職、東京に戻り、シャークスに移籍、その後、認められて日本代表GKになった。稲田は、このあと、金山のあとを追って上京、カスカベウに移籍、そのかいあって、日本代表になった。Fリーグでは得点王にも輝いている。2人にとって、人生の転機となる試合であり、それを表す写真ではないだろうか。

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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