2015.07.10 Fri

Written by EDGE編集部

インタビュー

「大学ではバスケ部に入部しようと思っていた」廣戸大志がフットサルでイタリア・セリエBに行くまで

大学ではサッカーは止めてバスケをしようと思っていたという。だが、フットサルとの偶然の出会いが、サッカーでは無名選手だった廣戸大志の運命を変えた。国内で行われたセレクションを勝ち抜き、イタリアのトライアウトに挑戦。セリエB「SANGIOVANNESE」への入団を勝ち取った。シンデレラボーイは、イタリア1年目から大爆発を目指す。
(インタビュー&文・伊藤聡)

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サッカーはもういいと思ってた

――始めに廣戸選手の選手経歴を教えてください。

廣戸 小学生から中学生までは湘南ベルマーレの下部組織でサッカーをしていました。ただ、ジュニアユースに上がったときに上手い選手がいっぱい入ってきて、ユースに上がるのは断念しまた。高校ではサッカー部に入部したのですが、そこでもAチームには入れましたが、スタメンには入れずに中学から高校までの6年間は挫折続きでした。

――フットサルを始めたのは大学に入ってから?

廣戸 そうですね。それまでも個サルなど遊び感覚でのフットサルはありましたが、戦術などもわからずミニサッカーでした。フットサルのイメージもエンジョイ要素が強かったです。大学でもフットサルをするつもりは元々なくてバスケ部に入ろうと思っていたくらいです。

――えっ、バスケ部?

廣戸 はい、サッカーはもういいかなと……。でも、バスケ部に入ろうと体育館に見学に行ったら、そこでフットサル部が練習をしていたのですが、イメージしていたフットサルと違って、激しい体のぶつかり合いとスピーディーな展開でした。そのときフットサルってこういう競技なんだと初めて知り、フットサル部に入ることにしました。

――フットサルに慣れるまでは苦労しましたか?

廣戸 サッカーではFWをやっていたので、守備の切り替えやマンツーマンのときにサボり癖がありました。そこから、フットサルを学び始めて、もっと上手くなりたいと思い社会人チームに入ることになりました。

――そこから海外を目指すようになったキッカケは?

廣戸 セレクションの告知を見たことです。ジョアン・リナレス(元スペイン代表選手)という有名な方がスカウトしてくれるということで、受かるどうこうより、そういう人に指導してもらって経験を積んでいきたいという気持ちで申し込みました。そのときはやはり不合格でした。それから、セレクションが開催される限り毎回受け続けようと思い、半年後にブラジルからバウミール(パルメイラス監督)が来たセレクションに再度受けにいきました。

――山本直くんも同じセレクションにいましたよね?

廣戸 そうです。直くんは対戦したこともありました。彼の左足は脅威で自由にプレーさせないために2人でカバーに入るなどチームとして指示が出ていたほどです。

――そのセレクションで選ばれて、イタリアにトライアウトに行くわけなんだけど、渡航直前で入院することになってしまって……。

廣戸 はい。めっちゃ落ち込みました……。トライアウトに向けてトレーニングもしてきたのに筋力も落ちてしまって……。ユーロプラスの方にも迷惑を掛けてしまって、もしかしたら怒っているかもとか考えていました(笑)。

――半年ほど渡航が延期になったけど、結果的にはそれが良かった?

廣戸 そうですね。半年間でチームでいろいろ経験させてもらうことができましたし、体をもう一度鍛え直すこともできました。

―初めてイタリアに行ったときの印象はどうでしたか?

廣戸 まず、ルーズな社会だなと。練習に遅刻してくる人も多かったですし、時間通りに始まらなかったです。しかも、遅れてきているのに「チャオ♪」ってめっちゃ明るいし(笑)。プレーしてみてフィジカルは強いと感じましたが、フィジカルやシュートに関しては自信があったのでそこは劣っているとは感じませんでした。でも、ゴールに対する執着心は凄かったです。シュートを外したときは味方にすごい怒鳴られました。日本では試合後にミーティングをして話し合うことはありましたが、練習中や試合中でも喧嘩になるくらいの言い合いをしていたのは印象的でした。

――戦術的なところはどうでしたか?

廣戸 何チームか参加しましたが、どこもクワトロを使っていました。あと、コートを広く使う印象でした。パススピードもかなり速かったです。日本の方が正確性はあるかと思いますが。

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1年目から2桁得点を目指す

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