2015.06.10 Wed

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第2章「その7:アトレチコミネイロの衝撃」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

 1999年8月15日、急速にレベルアップしたはずの日本フットサル界を驚かす衝撃的な試合が東京の駒沢屋内球技場で行われた。ブラジルのプロフットサルチーム、アトレチコミネイロとファイルフォックスとカスカベウ合同チームの試合が行われたのである。

 アトレチコミネイロは、当時のブラジルリーグの優勝チームでジーコフットサルクラブ(ジーコブランドのフットサルスクール運営団体)の設立イベントで来日したのだ。

 アトレチコミネイロは、ブラジルの国内リーグ優勝、トビアス、ファルカン、レニージオ、インジオ、エウレオ、レナトなどブラジル代表メンバーもしくは同クラスを擁するチームで、今でも滅多にブラジル代表との試合はお目にかかれないことを考えると夢のようなチームである。

 そのチームと国内最強の2チーム合同チームいわば日本代表チームが戦うのであるから、駒沢屋内球技場には多くの観客が集まった。

 日本チームのメンバーは、ファイルフォックスから上村、渡辺、原田、ゴールキーパー定永、カスカベウからは甲斐、前田、相根らが出場した。日本チームの先発は、甲斐、上村、前田、相根、GK定永、これはこの時点では日本選手としてベストメンバーすなわち日本代表に近い。アトレチコミネイロの先発は、トビアス、レニージオ、ファルカン、インジオ、GKシダオン、これはブラジル代表メンバーである。

 奇しくも日本代表対ブラジル代表戦の様相を呈していたというわけである。このことは、極めて重大な意味を持つ。なぜなら、このとき、日本代表はアジアとだけしかまだ戦っておらず、世界基準の戦いを経験した機会は民間の手によって先にもたらされたということである。

 試合は序盤からブラジルがボールを支配する。ボールを支配したうえで、彼らは極めてシンプルに攻撃を仕掛けてきた。支配力からDFをひきつけ、あとはダイレクトかワンタッチでDFを引きはがして、ぽっかり空いたスペースに選手が入り込み、シュートのパターンである。

 日本は前半だけで10点を奪われ、ようやく、後半、ドリブル突破に活路を見出し、中上拓也(マグ、カスカベウ)のゴールで1点返したが、1-14の大差で敗れてしまった。今でこそ、日本とブラジル、スペインの代表戦で場合によってはそのくらいの大差がつくことは情報として知っているが、当時は世界基準を知らなかったので、まさに衝撃であった。「さわやかに負けた」というと語弊があるが、ブラジルの凄さに感嘆したものである。

 ちなみに、前日には日系ブラジル人選抜とアトレチコの試合が行われたが、こちらも2-17の大敗であった。日系のメンバーは、ダニエル大城、ジョナス、ドウダ、チアゴ、シャンジらベストのメンバーであったから、いかに日本と世界に差があることを2日間に渡って思い知らされたことになる。

 考えてみると、第1回全日本選手権が始まり、本格的に競技フットサル時代が幕を開けた数年ほどは、ミニサッカーからの脱却であり、正確なパス回しで相手を崩すフットサルを目指していた。その原点はこのアトレチコミネイロにあったような気がする。そして、それは時として、ゴールを狙うことよりもパス回しを優先、カッコよさを狙う風潮を助長する側面もあった。

 とにもかくにも、サッカーチームが専門フットサルチームに変貌、アトレチコミネイロのフットサルスタイルに切り替えるまでには勝利がともなわないジレンマが待っていた。そのジレンマを府中水元クラブ、ファイルフォックス、カスカベウらが先鞭をつけ。打ち破りつつあるのだが、まだまだ、海外それも世界基準には届かない現実を思い知らされた。何かが足りないのである。その答えを探す次の数年が始まるわけであるが、それは実は民間主導で行われた。

 さて、今回のお宝写真は、アトレチコミネイロのマヌエル・トビアスのシュートシーンである。(カスカベウに影響を与えた黒と白の縦ジマのユニフォームにも注目)。

 トビアスは、今でこそブラジルフットサルといえばファルカンが有名であるが、この頃は、トビアスがスーパースターであった。サッカーで言えばペレのような存在と言われている。世界最優秀選手3回、ワールドカップ出場は1992年から4度出場し、2度優勝している経歴の持ち主である。

 このシーンは、前述した日系ブラジル人との試合で見せたキーパーの股を抜くゴールのもので、本来なら強烈なシュートが持ち味なのだが、この試合では強シュートはあまり打たなかった。おそらく、日本相手だからだと思うが、長い脚でゆっくりボールをキープ、簡単にボールをゴールに流し込む決定力の凄さが印象的であった。

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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