2015.05.29 Fri

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第2章「その4:カスカベウと共にメジャーになったアスレタ」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

1999年3月、記念すべき大会が開催される。それは、関東フットサルリーグ(以降関東リーグと称す)のプレ大会である。関東リーグの正式な第1回大会は翌年の2000年3月であるが、事前準備の大会が開かれたのである。

参加チームは前出の府中水元クラブ、ウイニングドッグ、エスポルチ藤沢、小金井ジュール、目黒FC、マルバなどである。この時は、優勝はウイニングドッグ、2位小金井ジュール、3位エスポルチ藤沢、4位府中水元クラブとなっている。

この大会のあと、甲斐は、最強のチーム作りを目指し、エスポルチ藤沢と決別、カスカベウを立ち上げる。これに、市原、相根、安田がついていくことになり、ファイルフォックスから前田、グレートホッチポッチから安藤、サッカー社会人リーグ九曜クラブの縁でゴールキーパー遠藤晃夫(のちにファイルフォックス)らが合流した。 

拠点はファイルフォックスと真っ向勝負、東京に移し、東京体育館と羽田にある東京ベイフットサルクラブを主練習場にした。この東京ベイフットサルクラブは、バンフスポーツのちの名古屋オーシャンズのゼネラルマネージャーで(株)バンフスポーツ社長、桜井嘉人が運営するフットサルコートであった。そこでカスカベウと桜井は出会うことになり、ほどなく、カスカベウはバンフスポーツのスポンサードとなる。

バンフすなわち桜井の野望はここから始まったのだが、それが実を結ぶにはしばらく時間がかかった。

ちなみに、この東京ベイのフットサルの現場運営には川前真一(のちに日本フットサル施設連盟事務局長、スポーツ関連企画運営会社(株)リンクアンドシェア社長)が携わっており、その経験からのちにフットサル施設業界の発展に尽くすのであった。日本フットサル施設連盟は、2003年4月に設立されている。

この頃からフットサル施設が競技志向チームになんらかの支援を行うことが広まった。山中湖スポーツセンターのアズーに始まり、FUNフットサルクラブのファイルフォックス、横浜フットサルクラブのエスポルチ藤沢、ウイニングドッグ、そして東京ベイフットサルクラブのカスカベウ、なかにはフットサル世田谷のようにコート名を冠にするチームも現れた。関西ではアスパがその例である。

なお、フットサル世田谷はのちに女子のパラレッズ、FUNフットサルクラブは、FUNレディーズのスポンサーにもなり、女子フットサル界の発展に貢献した。

支援内容の多くは練習コートの提供、選手を運営スタッフとして雇用、フットサルクリニックの開催などであるが、アマチュアチームにとっては貴重な支援となり、競技フットサルのレベルアップに貢献したといえる。施設にとっても、集客や長い目で見たフットサルの普及などのメリットがあった。

しかしながら、この支援関係は矛盾もはらんでいた。すなわち、公式競技は室内で行うものであるから、お手本とする競技志向のチームが室内すなわち公共施設に流れるのではないかという心配と次第に競技志向とエンジョイ志向の差がはっきりしてくると集客効果も薄れるからである。また、チーム側も公共施設の開放が進むにつれ、公共施設利用を重視した。

フットサルチームの応援といえば、シューズ、ユニフォームなどの用品サプライヤーのスポンサーもこの頃から盛んになっていった。アスレタとカスカベウ、トッパーとファイルフォックスの関係は、フットサルブーム到来もあって、相互に大きなメリットをもたらした。

とりわけ、ユニフォームのアスレタは、のちのことになるが、カスカベウの優勝で大ヒット商品に成長する。アスレタは(株)アスレタ株の社長、丸橋一陽がデザインしたもので、すでに消滅してしまったブラジル代表のコーヒー豆のロゴを復活させたことで有名である。ヒット要因は、ブラジルのコーヒー袋で見かける親しみやすいロゴと、ブラジルのテイスト、そしてTシャツ風ユニフォームが、街で着たままフットサルができるフットサルのいつでもどこでもスタイルにぴったりマッチしたからであろう。

今ではフットサルだけにとどまらずお洒落な街着としての地位を確立した。なんでも、アスレタを新宿のスポーツショップ、ギャラリー・2に持ち込んだが、ヒットした時は、3、4ヶ月で5千枚近く売れたという。カスカベウ、アスレタ、ギャラリー・2の関係は、ペスカドーラ町田となっても続いている。

今回のお宝写真(筆者撮影)は、カスカベウ時代の相根と当時のアスレタのカスカベウユニフォームである。相根については、のちに何度も出てくるのでここでは詳しくは述べないが、先日行われた9年目を迎えるFリーグの開幕戦(2015.5.2/3)に行われたエキビジョンマッチに出場、久方ぶりに表舞台に現れたことは記憶に新しい。

ユニフォームは、のちの関東リーグ時代のユニフォームで、黒と白の縦ジマの強いイメージのユニフォームを懐かしく感ずるオールドファンを多いのではないだろうか。向かって左胸にはアスレタのロゴ、右胸にはガラガラ蛇のエンブレムが入っている。縦ジマは、のちに登場するブラジルのチャンピオン、衝撃のアトレチコ・ミレイロの縦ジマを採用し、がらがら蛇のエンブレムは、チーム名の由来となったブラジルのカスカベウの町のシンボルをイメージしたものだという。

いずれも強くブラジルの影響が出ているものである。

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

関東フットサル三国志/バックナンバー

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