2015.05.13 Wed

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第1章「その9:インターネットとフットサル」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

 1998年の年も押しせまった12月初旬、神田駅構内のとある喫茶店で不思議な座談会が開催された。それはサッカー情報サイトのサポティスタ運営者・浜村真也(のちに大人のためのサッカー教室、Doシロートフットサル大会などを運営)が開催する神田サッカーナイトである。インターネットを通じて情報を知ったサッカー好きがサッカーの情報交換、座談をリアルな場で行うもので、定期的に開催されていた。

 これにフットサルが取り上げられたのであった。講師は大塚で、フットサルの歴史、フットサルの現状と課題などが熱っぽく語られた。サポティスタそのものが、一般メディアで取り上げられにくい現場の生のテーマを取り上げるサイトであるだけに、これにフットサルが取り上げられたことは、大変興味深い。ひとつにはまだまだサッカーの亜流としての見方があったとも考えられるし、フットサルがブレイクする予兆とも考えられる。ちなみに、フットサルネットの山戸一純は、この座談に参加しており、ネットにその模様を報告している。

 この例でもわかるように、インターネットはマスメディアが取り上げないようなテーマでも瞬く間に全国に様々な情報を安い費用で速く発信することができる。フットサルは、学校スポーツでもなく企業スポーツでもなく、さまざまな所属母体の仲間が集まってコミュニティを形成して行うスポーツであるから、インターネットとフットサルは相性が良かった。

 そのフットサルとインターネットの相性の良さに着眼、まだフットサルもインターネットも黎明期だったこの頃、早くもフットサル情報のポータルサイトを立ちあげた2人の人物がいた。

 1人は前述した山戸で、1997年1月に「フットサルネット」を立ち上げている。もう1人は、1999年に(株)クラブハウスを設立する関西の本多克己(のちに(株)シックス)で、サッカー情報を含め、イベント会社時代の1996年から「soccerboy.com」、独立してからリニューアルして「FC JAPAN」を立ち上げている。

 当時は、用具、技術、施設、競技どれをとっても、情報不足のフットサルであったから、インターネットの情報発信は極めて有用であった、2人がフットサルの発展に果たした役割は大きい。恐らく、インターネットがなかったらこのスピードでフットサルは普及しなかったのではないだろうか。

 ちなみに、「フットサルタイムス」を運営する北谷仁治ものちに(株)クラブハウスに参加し、今は独立して同サイトを運営している。また、山戸はのちの2000年1月に開催された第20回サッカー医・科学研究会で、「フットサルとインターネット/スポーツコミュニティとネットの融合」という題目でスピーチ発表している。

 インターネットとフットサルの関係に着目したのは、ポータルサイト運営者ばかりではなかった。いわゆるフットサルの大会、イベント企画を行うイベント会社の中にも積極的にインターネットをツールとして活用する人物がいた。

 時はもう少し先の1999年のことになるが、1人はF-NETブランドで大会を開催する金子諭である。金子は大学時代、みずからフットサルをやっていたが、あわせて大会の企画、運営を安い学生アルバイトを動員して行っていた。結局、大学を卒業しても就職はせず、フットサルの大会運営のちには施設運営も手がける(株)エフネットスポーツを立ち上げた。2000年9月のことである。フットサル界のいわゆる学生企業家といえようか。金子は、徹底的に大会運営の合理化を図るために、大会申し込みはインターネットに限るとし、チームの申し込み状況の管理、成績の速報まですべて連動するシステムを導入、飛躍的に業績を伸ばしていった。

 もう1人の人物は、フットワンリーグを運営する武田利也である。のちに(株)スポーツワンを立ち上げている。武田が着目したのは、リーグ運営のドゥイットユアセルフで、インターネットを活用して、チーム間の連絡は電子メール、大会結果もホームページから入力するなどインターネットツールをチームに提供、自分達で運営することで安くかつ1年間を通じたリーグとすることでコミュニティ形成の楽しさを提供することをビジネスコンセプトとした。1999年8月にこれを立ち上げている。

 今や、インターネットも新局面を迎え、それこそブログ、ツイッター、フェイスブックの時代に入っており、インターネットがさらにどんな影響を巻き起こすのか興味は尽きない。それにしても、関東リーグの公式サイトがオープンするのは、2003年5月であったから、紹介した動きからは4~5年遅れていたことになる。

 ちなみに、フットサルエッジの編集長・北健一郎がライターを目指して東京に出てきたのが201年である。

 今回のお宝は、山戸が立ち上げたフットサルネットの初期の画面である。この画面に見覚えがある方は相当フットサルに年季が入っている方といえる。画面にはこう書かれている。

「このページではフットサルに関する情報を集め発信しています。日本でのフットサルはまだまだこれからのスポーツです。南米やヨーロッパではすでに非常にメジャーな“やるスポーツ“としてその人気は定着しています。さらにやるだけじゃなくてプロリーグや世界選手権も行われているのです。」

 今から約18年前に書かれた記事である。

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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