2015.03.11 Wed

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/プロローグ「Fリーグの礎を築いた関東リーグ」

写真:北健一郎

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

 先日の2015年3月1日(日)、名古屋のテバオーシャンアリーナでFリーグのプレーオフ決勝戦が行われ、名古屋オーシャンズがシュライカー大阪を破りリーグ始まって以来8連覇の偉業を達成した。

 その15年前の2000年同じ3月、第1回関東フットサルリーグ(以降関東リーグと称す)が小金井総合体育館で開催されたことを知る人は少ない。今でこそ地域リーグは通年リーグが当たり前となっているが、発足時は、3日間の開催で千葉公園体育館や小田原アリーナで行われた。記念すべき第1回の優勝はプレデターとガロFC東京の同時優勝であった。通年リーグに進化したのはその3年後の第3回からで、その4年後の2007年に全国リーグのFリーグが誕生する。

 この間、きら星のごとくさまざまな強豪チームが現れ、合従連衡を繰り返し、いくつかのチームはFリーグへと昇格した。ちなみにプレデターはバルドラール浦安の前身チームである。そのほか、6位のフウガドールすみだ(前身フウガ目黒)、7位の府中アスレティック(前身府中水元クラブ)、8位のペスカドール町田(前身カスカベウ)、10位の湘南ベルマーレ(前身PSTCロンドリーナ)らが関東リーグから巣立って行った。

 一方、当時は最強と言われたが関東リーグにとどまり、今年度の第15回関東リーグを8年ぶりに制覇したファイルフォックス、第5回関東リーグ、第4回地域チャンピオンズリーグ優勝の成績からFリーグ参入を目指したが果たせず今は消滅してしまったシャークス、第1回地域チャンピオンズリーグ優勝、Fリーグにもエントリーしたが落選した東京都1部の小金井ジュール、冒頭のプレデターと同時優勝のガロFC東京は東京都3部に落ちたが健在である。

 現在、Fリーグは冒頭でも述べたように名古屋オーシャンズがリーグ始まって以来の8連覇、2位のシュライカー大阪の本拠地は大阪と競技フットサルは西高東低の様相を呈している。しかし、彼らとて、群雄割拠、栄枯盛衰の関東と戦って今日があり、関東を語らずして彼らの歴史を語ることはできない。そこで、久々に登場のメディア「フットサルエッジ」のオープンをきっかけに改めて長らく競技フットサルの中心にいた関東の歴史を振り返り、関東を語ることで次世代の競技フットサルの発展に寄与できれば幸いと思い、以前執筆したものを再校正するに至った次第である。

 なお、チーム名称は略称を用い、人名は実名で敬称もなく数多く表記されるが、執筆の便宜上および記録にとどめるということでご容赦を願えれば幸いである。また、古い記憶に頼る部分もあり、もし間違いがあれば連絡を願いたい。

2015年3月 木暮知彦(関東フットサルリーグ広報委員)

※この連載は毎週水曜日に更新予定です。

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