2019.03.20 Wed

Written by EDGE編集部

Fリーグ

【伝説の証言者】奇跡のチームのその後のストーリー。「ただの通過点」(須賀雄大監督)と「達成感」(金川武司)

フウガをやめ、後悔してカムバックした金川

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──みなさん、進退の報告はいつされたんですか?

金川 少し日にちを開けてから渋谷で納会をやった時に退団選手を紹介しました。そこで「こんなにみんなやめるんだ」ってなりましたね。基本的にはあの大会を経て、もっと高いレベルでチャレンジしたいという選手ばかりでした。もっとやれるんだと。違うのは僕くらいでしたね。

須賀 あとは(田中)良直。あの後ずっと、タケと良直はホント何やってんのって(関)健太朗に言われてたよね。

金川 26歳って若くないじゃないですか。だからやり切った感があって……。

須賀 選手権の決勝にローテーションで出ていた選手で残ったのは、太見と健太朗と龍太だけ。その他で残留したのは深津(孝祐)、早川(裕樹)、(内田)淳二、神尾(佳祐)、茨木(司朗)、ガチャ(宮内智弘)、杉本(亮)、デコ(金子将)、ヨコ(横山拓也)というメンバーでした。

──金川さんは、都リーグ1部の美少年倶楽部に入って、仕事をしながらプレーされていました。

金川 フウガの時も、職場に迷惑を掛けていたところがあるので、ちゃんとやらないとなと。でも(フウガの)結果がすごく気になって。ワタ(渡井博之)が会いに来て「一緒にやろうよ」と言ってくれました。それにある時、みんなから「蹴ろうよ」というメールをもらいました。バイクに乗りながらそのメールを見て、心底戻りたいなって。それで1回だけ練習させてもらったら、やっぱりすごく楽しかった。

須賀 全員でメールを一斉送信したんです。戻ってこいと。それまでも誘っていましたが、頑なだった。「俺はもう、あの熱さには戻れないよ」と。でも、移籍したクラブで意識の違いに戸惑っているところがあったから、「このタイミングで押せばイケるぞ」って感じでしたね。

──チームとしてはやはり必要な選手だった。

須賀 タケがいないと面白さが足りないなってなりましたからね。健太朗が一人で寂しそうだった。タケが戻ってきて健太朗も生き生きしてましたね。

──都リーグでは、埋められない意識の差があったんですか?

金川 週一回の練習だったんですけど、週一なんだからもっと熱くやろうよって感じていて。だからフウガの練習に参加してみて、改めて全然違うんだなという感覚になりました。

──それでフウガに戻って、いんた……卒業されたのが4シーズン前。改めてやり切った。

金川 抜けた時期もありましたけど、高3の秋から17年くらい、その中でチームもいろいろと変わりましたけど、転換期に一緒にやらせてもらえました。墨田がホームタウンになった時もそう。仕事も大好きなものをさせてもらえました。それで、クラブに下部組織ができて、目を輝かせている子どもたちと一緒にいる時間が、自分の中では選手としてやっている時間と変わらないくらい面白くなってきたんです。トップで試合をしたいという子どもたちをいつか上で見られるならそれでいいなって。すごくやり切った感じがありました。もちろん、Fリーグのレベルがどんどん高くなって、自分のレベルが厳しいというところもありました。

──須賀さんは金川さんがやめると聞いた時はどうでしたか?

須賀 もともと引き止めることはあまりしないので、タケがやると言えばもちろんやってほしいし、やめると言ったら逆に、コーチをやってほしいとずっと思っていました。それはそれで、タケの能力を発揮できるので。タケが引退して、育てた子どもがFリーグを戦うサイクルが遠い未来ではないことをイメージできましたし、それはそれで大きな仕事。タケにはクラブの力になってほしいという感覚でしたね。

──テンションコーチをやってくれと。

須賀 テンションコーチは、選手の頃からもう決まっていました。そういう役職に襲名するって。だから引退するとなった時はスムーズに「では、テンションコーチはこちらです」と紹介できた(笑)。

──おそらく日本中のプロクラブで一人しかいないですよね。

金川 僕も指導者としては未知の部分でした。知らなかったのですが、Fリーグのベンチでは、監督以外は席を立ってはいけないんです。1人までしか立てない。最初はテンションで押し切ってやろうと思って、須賀ちゃんの横とか逆サイドに立って、「いけー!」とか「いくぞ!」ってやっていたら、第3審判がすぐにやってきて「金川さん、座ってください」と冷静に言われてしまう。これは難しいぞと。アップゾーンの選手の陰に隠れて立っていたこともあります(笑)。前半は大人しく座っていないと、目をつけられますから。

──金川さんはやはり「真面目にふざけられる」このチームの象徴ですよね。

須賀 選手の頃は、技術的なところで「タケの左足はおもちゃ」とかってイジられていましたけど、右足の精度がすごく高い。あとはセカンドポストに詰めるところもそう。気持ちだけではなく、決める技術もしっかりとある。太見へのピヴォ当ての質も高いからトラップしやすかったと思う。キャラクターとか気持ちが先行しているように見えますけど、技術的なベースがありました。だから、少しくらいふざけていても、プレーは真面目でやり切るからみんながついていく。プレーもおちゃらけていたら、今みたいな感じにはなっていないと思う。プレーでは努力してすごく走って、質も高い。ひたすら基礎練をやってきた土台と、フルマラソンをがっつり走れる体力と気力もあって、そこにキャラが乗っている。まさに切り替えゼロ秒ですよね。

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クラブに大きな経験をもたらした2009年の成功体験

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