2019.03.15 Fri

Written by EDGE編集部

Fリーグ

【伝説の証言者】フウガ・イズムの生みの親と伝道師。「奇跡のチームはこうして生まれた」(須賀雄大監督&金川武司)

答えを自分たちで探してきたチーム

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──みんなを同じ方向を向かせることに長けた須賀監督と、そこに集まってきたメンバー。その両方がすごく噛み合って出来上がっていたチームですよね。

須賀 でも僕自身もフットサルをもっと探求したくて、例えば海外とかにも行きましたし、エルポソに行って戦った経験もあって……あ、忘れていました。エルポソで戦った経験はすごく生きています。

──大会前にスペインに行った経験ですか?

須賀 スペイン代表メンバーはいなかったんですけど、もう強すぎて。でも死ぬ気で守って耐えるみたいな戦い方をして、(スペインリーグのトップ3に入る)エルポソのAチームに勝ったんです。

──それはいつ頃ですか?

須賀 2008年だったと思います。名古屋と1次ラウンドでやった時に、あの感覚だよねって。エルポソの感じでいこうと。アウェーでものすごいブーイングをされたんですけど、その経験をしていたことも意外と大きかった。あと、ブラジルのパルメイラスにも行ったよね。

金川 そうそう。

須賀 そこで外国人とバチバチと死ぬ気でやるという修行ですよね。今ではもうできないですけど、当時はみんなで身銭を切って戦いに行って、そういう経験がなければもしかしたら名古屋に勝とうとは思わなかったかもしれないですし、戦えるという感覚を持てなかったかもしれない。

金川 大会で優勝した副賞でブラジル遠征をさせてもらったあの感覚は、一瞬でも気を抜いたらやられるという感じで。自分たちがいつもやっているセットプレーの守り方をしても、外から決められてしまう。日本では味わえない経験でしたね。翔太や太郎は、そこでフットサルの奥深さを感じたのかもしれません。ファルカンの試合を見たりして、あれで人生が変わったのかも。彼らはブラジルに残りましたからね。

須賀 で、話は戻りますけど(笑)、太見というピヴォがいて、こちらも探究心があって、クワトロ(4-0)をやっていこうとか、戦術の幅を広げていこうという時期が面白かった。三中っていう、目黒の狭いところでやると3-1のセットが絶対に勝つけど、としまえんのコートとか、20m×40mの広いコートではクワトロのセットが勝つ。毎回それが続いていたんです。

──戦術によって結果が変わるという体験があるわけですね。

須賀 そう。広いところではクワトロ、狭いところでは3-1が強いと。だから選手同士も、用いる戦術でもバチバチやっていて。「俺らはこうだ」と主張し合う。チーム内にいろんな秩序があったんですね。翔太とかはいち早くフットサルの深いところに触れたいと思っていたと思うし、一方で太見はシンプルに、「ちゃんとピヴォが見えていて、そこにちゃんとパスを刺せれば勝てるよね」という考え。どちらも正解ですけど、それを紅白戦の中で積み上げていった。そういう意味でも完成されていた年だったと思いますね。

──須賀さんの意図と、それ以上のものが生み出されるような。奇跡のチームという感覚は?

須賀 間違いなくありましたね。名古屋に勝つことよりも、そもそも戦術的な幅を広げることに意味があって、絶対にトライしないといけない時期がくると思っていたんですが、太見のいいところは、それが理に適っていないとやりたがらない。テコでも動かない。うまくいっているじゃんって。

──太見さんにクワトロの有効性を示す必要もあった。

須賀 それも、チーム内で見せる必要です。これは太見に限らず、例えば「海外のあのチームがやっている」では納得しないチームでしたからね。それで4-0のメリットを感じていく中で「たしかにいいね」と。じゃあピヴォが下りてきてボール回しに加わろうとなっていった。ある意味で、正解を自分たちで探してきたチームです。出来上がったものを鵜呑みにする選手はいないですし、僕自身もそういう説明の仕方はできない。そうやってチーム内でいろんなことにトライした結果が、今考えてみるとすごくよかったのかなと思います。

──もう10年も前のチームですが、今でも十分に通用する技術、気持ち、戦術、競争環境があった。

金川 そこは昔だから古いということはなくて、昔やってきたことが改めて大事だったなと思います。本当に答えがなかったので、みんな個々のポテンシャルは高かったですけど、「あのチームのやり方がすごい」とか、気になることや分からないことを「これってどうなってるの?」って須賀ちゃんに聞いたりして、そういう日々がすごく刺激的でした。1回の練習でいつも新しい発見があって楽しかったですね。

Interview & Directed, Key Visual by Yoshinobu HONDA

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【Contents】【伝説の証言者】FUGA MEGUROはなぜ日本一になれたのか? 7人が明かす「史上最高の下克上」の真実に迫る

Witness 1 フウガ・イズムの生みの親と伝道師。「奇跡のチームはこうして生まれた」(須賀雄大監督&金川武司)
Witness 2 決勝の出場時間はゼロ秒。「あの試合がなければFリーグを目指していなかったかもしれない」(深津孝祐)
Witness 3 スタンドで涙を流した男。「出られない悔しさがなかったのはあれが最初で最後だった」(渡邉知晃)
Witness 4 勝ち越し弾、決勝弾を奪った男。「ヒューマンパワーにあふれたフウガが果たした役割」(荒牧太郎)
Witness 5 狂犬と呼ばれいたあの頃。「頭の中の理性と野生が共存していた」(星翔太)
Witness 6 奇跡のチームのその後のストーリー。「ただの通過点」(須賀雄大監督)と「達成感」(金川武司)
Witness 7 10年後の名古屋のキャプテン。「あの大会から、自分を含めた物語が始まった」(星龍太)
Afterword あとがきにかえて。「10年前と10年後の彼らが、“今”を生きる僕たちに教えてくれたもの」

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