2016.08.26 Fri

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第15章「その1:0−7。ミゲル・ロドリゴ率いる新生日本代表が味わったイランの強さ」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

新生日本代表

  2010年5月12、15日、代々木第1体育館およびグリーンアリーナ神戸にて、第11回アジア選手権の壮行試合が行われた。相手は、強豪ロシアだった。結果はロシアの小気味良いカウンター攻撃にやられ、4-7、1-5の敗戦であった。

 続けて2010年5月23日から30日までウズベキスタンのタシュケントでアジア選手権が行われた。タシュケントといえば、第8回のアジア選手権の開催場所で、日本がイランを破って初優勝を遂げた縁起のいい場所である。

 さて、この大会の位置付けであるが、日本代表監督がサッポからミゲルに替わってから初の公式国際大会である。ミゲルが来日したのが2009年の6月だったが、6月の中国遠征、9月の国内でのイタリア代表戦、9月のスペイン遠征、そして前述のロシアとの壮行試合をこなしてここまで来た。目標は2012年タイで行われるワールドカップであり、あと2年、ミゲルの時計では約3分の1まで来たことになる。この間、多くの選手を試してきたが、今回の選手権で、ある程度、チームの骨格が固まったようだ。逆に言えば、固めなければならない。

 骨格ともなる今回の代表メンバーは、年令順に並べると、川原永光、木暮賢一郎、上澤貴憲、小宮山友祐、村上哲哉、松宮充義、菅原和紀、富金原徹、藤原潤、小曽戸允哉、滝田学、星翔太、渡邊知晃、吉田輝であった。

 今回のメンバーには入らなかったが、北原亘、稲葉洸太郎、横江怜、原田浩平、皆本晃、仁部屋和弘、逸見ラファエル勝利なども今後候補になるものと思われる。むろん、あと2年あるので、当然、入れ替えはある。

 これら列挙したメンバーを年令順グループで括ってみると1978、79年生まれが4人(川原、木暮、上澤、小宮山)。1981年、82年生まれが8人、キーパーを除くと6人(村上、松宮、菅原、北原、稲葉、横江、富金原、藤原)、1983年以降生まれが8人(原田、小曽戸、渡邊、滝田、皆本、吉田、仁部屋、逸見)と非常にバランスが取れた構成となっている。あとは、この2年間で国際試合の経験がどれだけ積めるかであろう。逆に言えば、経験者が少ないから伸び代はあるはずだ。

 結果の方は、予選リーグを3勝0敗で1位抜けしたあと、準々決勝キリギスタンを4-0で破り、準決勝に進出した。しかし、準決勝は宿敵イランと直接対決となってしまい、これは0-7の大敗を喫してしまう。しかし、3位決定戦では中国を6-1で下し、何とか面目を保った。優勝は、ウズベキスタン(監督はサッポ)を8-3で破ったイランであった。

 しかし、振り返って見ればフル代表のイランと対戦したのは2年前のワールドカップ予選を兼ねたバンコクで行われた第10回アジア選手権以来である。この時は、準決勝で0-1と敗れている。この0-1の敗戦を経験したメンバーは、木暮、小宮山だけである。しかも、イランは、若手への切り替えを終えて(あのサムシャイーは選ばれていない)、この時のワールドカップはベスト4に入るくらいに実力を付けており、その後も国際試合の経験値は日本をはるかに凌ぐものがある。

(ミゲルが来日してすぐに行われた1年前の中国遠征でイランと当たっており、4-4と引き分けているが、この時のイランはフル代表ではないので参考にはならない。)

 したがって、イラン戦の大敗は、第3回アジア選手権の準決勝が2-8、第4回アジア選手権の決勝が0-6なので、大敗の経験値でいえばそこまで戻ってしまったと考えることもできる。

 新生日本代表のこれからの経験値アップに期待したい。

 さて、お宝写真は、大敗を喫した日本代表の集合写真にしよう(提供フットサルネット)。先ごろ(2016年8月21日)、バンコクで行われたタイランド5(4か国対抗)のカザフスタン戦で若手中心の日本代表が0-9で敗戦した。しかし、心配することはない。先輩の日本代表だって、0-7の大敗を喫したことがあるのだ。その時の日本代表キャプテン、木暮の言葉を紹介しておこう(JFAのマッチレポートより)。

「このグループになってから初めてのAFCフットサル選手権で、当然優勝を目指してやってきましたが、現実としてこういう結果になったことは受け止めなければいけない。これまでもイラン戦ではこういうことがあったし、それを受け止めてバネにしてきたからこそ、4年前の優勝とかがあると思う。日本代表が強くなってきたのには「イラン」という存在が非常に大きかった。この結果を今の日本代表を強くなるためにつなげていかなくてはいけないと思います。」

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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