2016.08.24 Wed

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第14章「その6:世界ナンバーワンプレーヤー・リカルジーニョが名古屋オーシャンズへ」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

名古屋の野望

 2010年1月31日、ポルトガルのベンフィカのサイトにリカルジーニョが名古屋に移籍するというニュースが流れた。そして、これを専門雑誌ピヴォが伝えて、競技フットサル界に衝撃が走った。

 本書の第6章見るスポーツへの胎動、その7「名古屋オーシャンズの原点となった『バンフ東北』の日本一」で、バンフが世界に目を向け始めたことを書いた。また、第8章関東から世界へ一足飛び、その3「日本王者ファイル、インターコンチ参戦。アジウ、リカルジーニョとの遭遇」では大洋薬品バンフのゼネラルマネージャ-桜井とアジウ、リカルジーニョとの出会いなどについて書いた。いよいよ、それが本物になったのだ。当時は大洋薬品バンフ時代だったので、「バンフの野望の芽」と称したが、今や、名古屋であり、野望の芽ではなく野望がいよいよ明確になって来た。

 つまり、桜井ひいては名古屋オーシャンズは、もはやこの頃から日本ではなく、アジアさらには世界に目を向けていたのだ。そういう意味では、Fリーグ3連覇したときもすでに10年先を見据えていたのは、誰あろう桜井だった。実際、2010年3月12日、代々木第1体育館で選手権の決勝ラウンド初日が行われたその日、名古屋オーシャンズは、イランのイスファンにいて、第1回アジアクラブ選手権3位決定戦に臨んでいた。

 名古屋は、予選グループリーグで、イランのセパハンと同組となり、2位通過、決勝トーナメントでカタールのアルサッドと対戦することとなった。今までのアジア選手権の成績からするとカタールは強くないと思われたが、結果は4-7で名古屋の敗戦、3位決定戦にまわる。3位決定戦は、タイリーグ優勝のポート・オーソリティである。アジア選手権ではタイと日本はライバル同士、ここは名古屋としても負けられない戦いとなった。結果は、6-6のタイブレーク、PK戦を6-5で制して辛うじて名古屋は3位を確保した。優勝は、イランのセパファン、2位カタールのアルサッド、3位日本という結果で第1回アジアクラブ選手権は幕を閉じた。

 名古屋に勝ち点22の差を付けられた大阪が選手権で優勝(準優勝の湘南にいたっては44点差)、一方、22点の大差を付けた名古屋がアジアでは辛うじてタイに勝利して3位、この差に名古屋の桜井は相当悔しい思いをしたに違いない。その後、名古屋はますますアジア、世界に目を向ける方向に舵を切った。実際、Fリーグ3連覇を成し遂げ、他の追随を許さぬ存在となった以上、世界基準の選手を取り、勝ち続け、本物を日本のファンに見せることでFリーグを盛り上げる役割を担わざるを得なくなっている。その表れが、リカルジーニョ獲得といっても過言ではない。

 奇しくも先日(2016年7月15日~)、タイで行われた第7回アジアクラブ選手権は、その名古屋が2年ぶり3度目の優勝を成し遂げた。残念ながら、名古屋オーシャンズ以外のクラブは、まずは打倒名古屋オーシャンズだが、アジアを目指すくらいに目標を高く置かないと打倒名古屋もままならないのではないだろうか。そのくらい、これからは、アジアクラブ選手権の存在意義はますます大きくなってくるであろう。なぜなら、1つは、アジアは距離が近く、身近に国際経験が積めることである。しかも、アジア選手権と違って毎年行われ、日本代表にならなくとも海外経験が積める。2つ目は、クラブのモチベーションアップが挙げられる。今は、名古屋がこれを独占しているが、サッカーのアジアクラブ選手権のように参加枠が増えることも考えられる。サッカーでは、アジアクラブ選手権がすっかり定着している。

 世界への目といえば、このクラブ選手権からわずか10日後、ミゲル監督の日本代表はスペイン遠征を行った。名古屋からは、木暮賢一郎、北原亘、畠山ブルノタカシ、川原永光の4人が選ばれている。名古屋は、送り出すクラブとしては最大数である。ちなみにその他の代表メンバーは以下のとおりである。大阪から村上哲哉、松宮充義、藤原潤、浦安から小宮山友祐、星翔太、大分から小曽戸允哉、仁部屋和弘、府中から上澤貴憲、町田から横江怜、北海道から菅原和紀、花巻から渡邉知晃、セゴビアから高橋健介、イタリアのオリビエートから吉田晃であった。

 成績の方は、スペイン、イタリア、ルーマニア代表との4カ国対抗を含む7試合を行ったが、1勝6敗に終わった。唯一の勝利はスペイン2部のクラブとの試合で、代表戦は全敗であった。ミゲルジャパンは、2009年6月の中国遠征、9月の国内でのイタリア代表戦、そして年が明けて2010年3月、今回のスペイン遠征を経て、いよいよ5月に行われるミゲル初の公式国際大会、第11回アジア選手権に臨む。果たして、アジア制覇は名古屋の桜井が先か、ミゲルか先かどちらであろうか。

 さて、お宝写真は、来シーズンから日本にデビューと噂されるポルトガル代表のリカルジーニョの貴重な写真としよう。奇しくもリカルジーニョが来日する5年前の2005年4月、スペインのプエルトジャーノで行われたインターコンチネンタルカップで日本からはファイルフォックス、ポルトガルからはベンフィカが出場、対戦している。ファイルフォックスは0-11で敗れたが、リカルジーニョには、ポイントとなる4点目を決められている。まさか、この時、木暮は5年後にチームメイトになるとは思ってもみなかったであろう。

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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