2016.08.10 Wed

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第14章「その2:府中アスレティックFCが2年遅れでFリーグ参入を果たす」

写真:ラブフットボールジャパン

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

府中アスレティックデビュー

 2009年8月6日、名古屋の大洋薬品オーシャンアリーナ(現・テバオーシャンアリーナ)でカップ戦が行われた。前回はFリーグ公式ではなかったが、この年から公式なカップ戦となった。昨年は、リーグ王者の名古屋オーシャンズが4-4からのPK戦で敗退、シュライカー大阪が優勝した。今年は、地元の名古屋が雪辱なるかに興味が集中するが、関東三国志としては、Fリーグ参入を果たした府中アスレティックFCのデビューが気になるところである。

 しかし、府中は、初戦のステラミーゴいわて花巻戦こそ7-1でデビュー戦を初勝利で飾ったが、続く準々決勝は名古屋と当たり、2-3で破れ、敗退となってしまった。同じ初参加のエスポラーダ北海道は、湘南ベルマーレ、バルドラール浦安と勝利、準決勝まで進んだが、大阪に破れ、ベスト4。とはいえ、府中のデビュー戦としては名古屋の1点差負けであるから上出来であったろう。結局、決勝は、名古屋対大阪の昨年と同じ対決となり、結果も2-2からのPK戦を大阪が制して、大阪の2連覇で幕を閉じた。

 続く、2009年8月22日、代々木体育館で3年目のFリーグが開幕した。いよいよ、府中アスレティックのリーグ戦デビューである。

 思えば、この時から数えて約13年前の1996年の1月、第1回選手権にエントリーしたチームが府中アスレティックの源であった。それは、府中市を活動拠点とする中村恭平( のちに府中アスレティック監督、ゼネラルマネージャー)が率いるフェニックス、松村栄寿 (のちにファイルフォックス監督、コーチ)率いるエルマーズが合体して、府中水元クラブというサッカーチームの名前を借りて出場したことに端を発する。以来、さまざまな歴史を繰り広げながら、府中にはこの府中アスレティック、ファイルフォックス、フトゥーロの3チームが存在するようになった。人口約25万の都市に選手権優勝(ファイルフォックス)、2位(府中アスレティック)、3位(フトゥーロ)のチームが存在すること事態が特異な現象である。

 そのくらい、フットサルが盛んな街であると、メディアに盛んに取り上げられ、一度はFリーグエントリーに落選したあと、満を持してのデビューであった。恐らく、府中アスレティック関係者は、13年前まで思いを馳せて感無量だったにちがいない。

 しかも、開幕戦デビュー相手は、とびきり因縁の名古屋オーシャンズであった。というのも、府中には、難波田治、上澤貴憲、小山剛史がいて、名古屋には前田喜史、木暮賢一郎、完山徹一、定永久男がいたからである。難波田、前田は、府中水元クラブ、ファイルフォックスでチームメイト、前田は府中アスレティックがFリーグエントリーに落選したあと、名古屋に移籍している。完山、小山も府中アスレティックがFリーグエントリーに落選したあと、名古屋に移籍、小山は今回の参入で戻っている。上澤は府中のFリーグ参入に伴って名古屋から移籍している。木暮、定永は、ファイルフォックスに在籍、府中には縁が深い。

 あまりに深い因縁に、勝負の神様も困ったのであろうか。結果は1-1の引き分けに終わった。府中としては、Fリーグ2連覇の名古屋に引き分けたことは上々の滑り出しと言えた。恐らく、この時は中盤から終盤にかけてまさかの11連敗が待っていようとは想像もしなかったであろう。ちなみに監督は、昨シーズンより指揮を執っているイタリア人監督のセルジオガルジェッリであったが、この連敗の責任をとって途中で辞任、急遽、中村が監督を務める事態となった。また、難波田が退団となっている。

 府中参入にともない、当時、関東リーグでライバルだったチームがFリーグに4チーム揃ったことになる。では、プレデターの浦安、カスカベウの町田、ロンドリーナの湘南はどんな開幕スタートだったのだろうか。

 浦安は、監督がシトから同じスペイン人のセサルに代わり、メンバーも大幅に若返った。川原永光、小野大輔、藤井健太の代表クラスの中心選手が抜け、フウガから加入した星翔太、荒巻太郎、前からいる中島孝、諸江剣語らの成長に期待がかかった。初戦の花巻戦こそ1-0で勝利したが、2戦目の大阪戦を1-3で落とし、前途多難な船出となった。

 町田は、あらたにブラジルのサンパウロ州でU-20チームの監督をしていたジュニオールを監督に起用、メンバーには浦安から藤井、名古屋のエースだったブラジル人のマルキーニョスを強化した。しかし、初戦の北海道戦を2-2の引き分け、2戦目の府中戦は5-2で勝利したものの次の浦安戦は2-3で敗戦とピリッとしないスタートであった。

 湘南となるともっと厳しいスタートとなった。監督は事情があってか小野直樹が退き、コーチだった奥村敬人を起用、強化は名古屋からボラ、野島倫が移籍したが、ボラ1人が気を吐いたが、ディフェンスが甘く、神戸に0-4、名古屋に3-7、府中に2-3と3連敗スタートとなってしまった。

 せっかく府中を迎え、関東リーグ4チームが揃ったにもかかわらず、いずれもピリッとしないスタートとなってしまった。Fリーグにおいても関東の昔の栄光は取り戻せるのだろうか。

 さて、お宝写真は、府中のデビューを記念して府中アスレティックFC対名古屋オーシャンズの開幕戦の写真といきたいところだが、残念ながら手元になく、ラブフットボールジャパンさんにご協力頂き、翌シーズンのFリーグ第11節の一コマとした。

 この試合は府中にとっては、記念すべき試合だった。それは、Fリーグデビューの名古屋戦こそ引き分けたが、終わってみれば最下位で、名古屋戦は通算1引き分け2敗、翌シーズンも1敗して迎えたこの試合で5-2の初勝利を収めたからである。府中のホームでの名古屋戦勝利のムードはこの時から始まったのである。

 写真は、府中の小山と名古屋の完山のマッチアップであるが、ご存じのとおり、2人は府中でも名古屋でもチームメイトの時があった。しかし、このシーズンは戦っていた貴重な写真で、府中と名古屋の因縁を感じさせる。

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

関東フットサル三国志/バックナンバー

◀︎前の記事 トップ ▶︎次の記事