2016.07.06 Wed

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第13章「その3:志半ばで終わった“前川湘南”と“パコ花巻”」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

2人の監督交代

 2008年5月8日、湘南ベルマーレは、前川義信の監督就任発表を行った。1年目は、クラブスタッフの朴海剛(パク・へガン)が指揮を執っていたが、さすがに専門の監督が必要と感じたのであろう。そこで、白羽の矢を立てたのが、都選抜の監督を務め、選抜大会優勝の経験を持つ前川であった。以前、この三国志でも第9章その8、成り上がりへの道で取り上げている。

 5月24日には、ステラミーゴいわて花巻が、シャークスの元監督、パコの就任発表を行った。ステラミーゴの場合、シーズン終了間際、ブラジル人のマルコ・ブルーノが監督を辞任しており、シャークス消滅にともない、パコに食指を動かしたのであろう。

 ちなみに、名古屋オーシャンズ、アジウの監督就任発表は、1ヶ月以上早い4月4日に行われている。これは、館山マリオの突然の辞任にともなうものであったが、結果的には唯一長期政権の監督になっている。

 前川、パコの監督就任は、少なからず関東の選手達にも影響を及ぼした。まず、前川は、監督就任の打診があったとき、自分の意に適う選手を選べる条件を出したと思われ、大幅に選手が入れ替わった。前川の成功体験には、東京都選抜の選抜大会2連覇が大きくあり、勢い、中心には東京都の選手を据えた。

 例えば、都選抜で前川の下、キャプテンだったファイルフォックスの岩田雅人をキャプテンに招聘、また、そのつながりでファイルフォックスから若手の瀬戸真二(現在、湘南ベルマーレ経て、ペスカドーラ町田)、庄司絋之(のちにステラミーゴいわて花巻)らが入団した。ファイル以外では、東京都選抜メンバーでペスカドーラ町田の久光重貴、東京都選抜ではないがバルドラール浦安から江藤正博も入団した。なんといっても驚かされたのは、元ファイルフォックスの難波田治の入団である。難波田は、大洋薬品バンフからFリーグ目前で退団、関東リーグに戻ってきたが(フトゥーロ)、ついにFリーグの舞台を踏むことになった。

 逆に、ロンドリーナ時代から湘南ベルマーレへと引き継がれた顔ともいうべき奥村敬人や伊久間洋輔、大地悟、さらにはシニーニャ、岡田ジオゴらがチームを去った。

 一方、パコもシャークスの選手達を引き連れてステラミーゴに入団した。引き連れて行ったのは、碓井考一郎、松浦英、岡崎チアゴである。その他にも、関東リーグ、ブラックショーツから小島修人(のちにマルバ)、バルドラール浦安セグンドの塩沢昴、埼玉のインペリオ出身の鳥丸大作(のちにバルドラール浦安)なども入団した。

  ところで、両監督の起用は、結果的にはシーズン半ばで終了してしまった。2つのケースを見てみると、監督が代わり、その監督にあわせて選手が動いている。むろん、全部の選手が入れ替わるわけではないが、即戦力すなわち当面の順位を上げるための移籍が行われるのである。成績が上がれば、観客動員数が増え、入場料収入のみならスポンサー収入も得やすくなる理屈である。

 しかし、デメリットもある。移籍にともなう費用が発生する場合もあるし、かりに無給だったとしてもなんらかの便宜供与を図る場合がある。便宜供与がなくても、選手は割り切っているようで不満が残る場合がある。また、即戦力の強化を図ってもその通りの成績を残すとは限らないのが勝負の世界である。結果的に、短期では効果が期待できるが、長期で見ると順位が落ちてくるケースが先達のJリーグではよく見受けられる。育成型か即戦力型か、地元に根付く若手の育成と移籍によって賄うベテラン、実力者の起用のバランスをどのように図っていくか、監督の起用も含め、フロントにとっては悩ましい問題である。

  Jリーグには100年構想があるが、そこまではいかなくとも、少なくとも10年は続く長期のクラブ運営はどうあるべきか、その観点から監督選びが必要なのかもしれない。幸いなことに、今のところ降格はないのだから……。

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 さて、お宝写真は、前川監督の湘南ベルマーレ就任で一躍Fリーグ入りを果たし、脚光を浴びることとなった元ファイルフォックスの岩田の写真にしよう。今まで、単独で掲載するきっかけがなく、本人にとっては湘南ベルマーレの結果は決して満足するものではなく、このタイミングの掲載は気が引ける。しかし、日本代表候補に選ばれた時の写真ということで勘弁を願う。これは、2005年2月に行われた国際親善試合の前の日本代表候補合宿の時の写真で、残念ながら日本代表には選ばれなかったが、小学校の教師と2足のわらじを履きながら、その後、日本最高リーグのFリーグにまで登りつめた証拠の写真として生徒たちに自慢できる写真ではないだろうか。

 設立10年目を迎えたFリーグ、それぞれのチームカラーが固まりつつあるが、それは試行錯誤の連続でもあった。湘南ベルマーレの前川の例がそれを象徴している。前川が連れて来た選手のほとんどが、前川の辞任の影響でその後別のチームに移り、岩田は古巣ファイルフォックスに戻って、現役を退いた。唯一、ペスカドーラ町田から移籍した重光は残り、今や、ガンと戦いながら現役を続け、湘南の顔になっている。一方、出された格好になった大地は、その後、ペスカドーラ町田で活躍、キャプテンまで務め、町田の顔として2015年シーズンで現役引退をした。

 今年(2016年)で18年目を迎える関東リーグは、Fリーグと違って降格があり、Fリーグに参入したチーム、消滅したチームなど数々の変遷を経て、現在のチームがある。現在の生き残ったチームは、それぞれの歳月を経て、試行錯誤しながら同じく今のチームカラーを築き上げている。ファイルフォックスも然り、オスカーが築いた日系ブラジル人から始まったチームは、もはや当時のファイルフォックスではない。今や、岩田が築いたといっても過言ではない教師チームの顔を覗かせている。岩田の刺激を受けて、小宮山、難波田、現在選手兼監督の吉成、そして今シーズン、フウガドールすみだから戻ってきた曽根、バルドラール浦安から戻ってきた三木などが続き、教師をしながらフットサルに打ち込む伝統が根付きつつある。

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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