2016.06.24 Fri

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第12章「その14:関東から東海への“横滑り移籍”は叶わず……。シャークス消滅」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

 選手権が終わって息つく間もなく、2008年3月14日愛知県豊田市体育館で、第8回地域チャンピオンズリーグが始まった。今回からFリーグチーム抜きの大会となるため、いわゆる3冠(地域リーグ、選手権、地域チャンピオンズリーグ)の対象ではない大会となった。今では3冠というと、Fリーグのカップ戦、Fリーグ、選手権を指す。

  結果から言うと、DC旭川が2年ぶり2度目の優勝となり、2位には関西のジョイフットサルクラブが入った。関東勢は、第5回にファイルフォックスが優勝して以来、第6回カスカベウ、第7回ファイルフォックス、そして今回がフウガ、シャークスの同時3位となり、3大会連続3位に甘んずる結果となった。

  この結果を受けて、「凋落の関東」とか、Fリーグチーム抜きの「曲がり角の地域チャンピオンズリーグ」などと言われたものである。とりわけ、その象徴はシャークスの最後の大会となったことである。

  シャークスの設立は、2001年頃で今から15年も前のことであり、もはや知らない方も多いのではないだろうか。2001年の第2回スーパーリーグでデビュー、めきめき頭角を現し、ガロからの大量移籍を経て、2002年の第3回スーパーリーグに優勝、2003年シーズンの第5回関東リーグでは、参入した年にすぐさま優勝と大躍進した。静岡県伊豆の韮山高校サッカー部出身のメンバーが設立したチームで、主力メンバーは、FC FUN(オスカーが指導していたチーム)に在席、フットサルを学んだ。設立時のメンバーには石川昌史(のちにチーム代表)、岩本健寿、八重樫理人、横山哲久(のちにカスカベウ)らがいた。

  そして、2004年に行われた第4回地域チャンピオンズリーグに優勝、ついに日本のトップレベルにまで登りつめたのであった。

 輝かしい実績を持つチームがFリーグ参入の野望を持つことは当然といえば当然で、2006年にFリーグ設立が発表されると、立川から参入を目論んだ。しかし、叶わず、東京の密集を避け、参入しやすいと思われる静岡に拠点を移す決断をする。そこからボタンの掛け違いが始まった。スポンサーを見つけ、スペイン人監督を招聘、今シーズンの第9回関東リーグでは準優勝、第13回選手権はベスト8。恐らく、この地域チャンピオンズリーグ優勝に最後の望みを託していたのではないだろうか。地域チャンピオンズリーグ優勝チームであれば、特例として東海リーグに参入できるかもしれない。ちなみにスペイン人監督のパコは、のちにステラミーゴいわて花巻の監督に就任、その後、アジア選手権でレバノンの監督を務めたこともある。

 しかし、すでに東海リーグ横滑りは不可の結論が出ていたのか、それとも関東リーグ、選手権と連戦が続き、疲れが出たのか、選手達の元気はなく、予選リーグから劣勢が続いた。そして、ついに準決勝、関西勢のジョイに3-4の接戦で破れ、万事休すとなってしまった。

  のちのことになるが、実際、次年度は県リーグからスタートを余儀なくされた。これでは、スポンサーも選手も納得はできず、スポンサーは離れ、選手達は移籍、シャークスは、この大会を最後に消滅する。周知のとおり、神はバサジイ大分(のちにエスポラーダ北海道)、大森は、バルドラール浦安(のちにマルバ)、松浦英はステラミーゴいわて花巻(のちにデルソール中野、リガーレ東京、そして昨シーズンで現役を引退した)、岡崎チアゴもステラミーゴ(のちにデウソン神戸)へと移籍した。

 さて、準備不足もあって、シャークスの東京脱出ひいては関東脱出は失敗に終わった。しかし、Fリーグを目指す以上、あながち悪い発想ではなかったのではないだろうか。

 1つには、単純に東京都ひいては関東はチーム数(クラブ数)が多すぎる点にあった。当時は、町田、小田原、浦安の3チームで発足、府中が次に参入と目されていた。2つ目は、2000人を収容できる体育館の確保は、東京では容易ではなかった。3つ目は、地方の方が、スポンサーが集めやすいことであった。地方を本社に持つ企業にとっては、全国に情報を発信できる媒体としてのFリーグクラブは、それなりに魅力があった。実際、北海道のレオック、名古屋の当時の大洋薬品、大分の二階堂酒造などが良い例である。また、地域活性化、地域への貢献という大義名分もある。

 もっとも、のちにフウガが見事、東京都でFリーグ参入を果たしたことを考えると、地域チャンピオンズリーグでともに戦い同時3位で終わったシャークスとフウガの行く末は運命的なものを感ずる。シャークスの設立母体のメンバーが静岡県出身でなかったらとつい考えてしまう。フウガの場合は、設立母体のメンバーが東京都出身であり、じっくり実力を蓄え、あくまで東京都内で拠点を探し、シャークス消滅の6年後の2014年、ついにフウガドールすみだとしてFリーグデビューを果たすのだった。

地域DC旭川

  さて、お宝写真は、関東リーグの衰退の象徴ともいえる2008年開催の第8回地域チャンピオンズリーグ優勝、準優勝の2チームの集合写真にしよう(フットサルネット提供)。上段が2位のジョイフットサルクラブ(滋賀)、下段が優勝のDC旭川(北海道)である。DC旭川は以前にも紹介したが、2回目の優勝、ジョイフットサルクラブは、関西リーグの強豪で、この年の2007年に優勝している。ジョイで有名なのは双子の大谷兄弟選手で、写真では左隅上段10番が兄の大谷純一、右隅下段8番が弟の大谷真一である。

 ちなみに、2001年から始まった地域チャンピオンズリーグは今年で16回を数えるが、関東リーグはそのうち10回優勝している。しかし、フウガ5連覇のあとの最近の2年間は、SWH、ヴァクサ高槻と関西リーグが2連覇している。

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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