2016.06.22 Wed

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第12章「その13:Fリーグ初年度の全日本王者は浦安! エース稲田祐介が涙のMIP」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

 2008年3月9日(日)、代々木体育館にて、バルドラール浦安が第13回全日本選手権優勝を決めた。決勝の対戦相手は名古屋オーシャンズで、Fリーグの借りを返した結果となった。一方、初代Fリーグ王者の余韻が覚めやらぬ半月後、名古屋オーシャンズは2位に甘んじてしまった。

 浦安はリーグでの名古屋との直接対決は1分2敗、それが大事な選手権決勝で1勝した。恐らく、実力では、リーグ戦の成績が示すとおり名古屋に対して、当時は3回に1回勝つ実力差であろう。ちなみに、これまでの9シーズンの通算対戦成績は、4勝2分け、18敗である。

 しかし、選手権では、何回に1回しか勝てないチームが大事な決勝で勝つことができるのである。むろん、ベースとなる技術、戦術、体力、経験などがなければ成しえないことも確かである。しかし、最後に何回かに1回の確率を引き当てる力は、下刻上、成り上がりの気持ちである。逆に、だからこそ選手権は面白いのだ。浦安には、関東リーグを築き上げ、何度も挑戦した選手権への野心がまだ残っていて、それが3回に1回の確率を引き当てたのであろう。

 実際、翌年の第14回選手権もなんと地域リーグのフウガが名古屋オーシャンズを下し、トーナメントの下剋上を証明して見せた。ちなみに、Fリーグができてからの選手権歴代優勝チームを見てみると、バルドラール浦安、フウガ(関東リーグ)、シュライカー大阪2連覇、名古屋オーシャンズ3連覇、そして昨年はペスカドーラ町田とリーグ戦と違って、名古屋は8回中3回しか優勝していない。

 むろん、これはリーグ戦とトーナメント方式の宿命であり、真の王者を決めるためだからこそリーグ戦があるのは当然であるが、実力差が開いているチームのリーグ戦だと、番狂わせがどんどん減って面白みがなくなる弊害がある。プロ野球などは同一チームとは25回も戦うリーグ戦である。その昔、巨人は試合数が多い旨みを活かして9連覇を達成した。その結果、人件費の高騰を抑えることも目的としてあったが、チームの実力の均衡を保つためにドラフト制が施行された。Fリーグの場合は、そうはいかないが、チーム数を増やして2回戦制および降格がある2部リーグ制に早く移行が望まれる。これにおり、よりスリリングなリーグが出来上がるのではないだろうか。

 さて、話は若干それたが 関東勢の選手権の戦いぶりを振り返ってみよう。まず関東予選は、1月27日、熊谷ドーム体育館にて行われた。ベスト4には、フウガ、シャークス、ファイルフォックス、フトゥーロが残った。関東リーグ優勝の勢いを駆ってフウガがストレートで全国へ行くかと思われたが、老練、経験豊かなフトゥーロに破れ、3位決定戦にまわることとなった。その3位決定戦は、ファイルフォックスに破れたシャークスとフウガの戦いとなった。それは、1ヶ月も経っていない関東リーグ優勝争いも最終節、最終試合の再来であった。シャークスは、関東リーグのリベンジとともに東海リーグへの横滑りを狙うためには、是が非でも選手権に出なくてはならない。その気持ちが、フウガを上回り、6-1でフウガを下して、選手権出場を決めた。この結果、関東第1代表はファイルフォックス、第2代表はフトゥーロ、第3代表はシャークスとなった。

 そして迎えた本大会、その予選ラウンドは2月29日より兵庫と高知で行われた。周知のとおり、Fリーグ8チームは、都府県予選を免除、ストレートで本大会に出場でき、6つの予選グループに振り分けられる。したがって、Fリーグチームが2チーム同組となるグループが2つ存在することになる。この大会では、ペスカドーラ町田とステラミーゴ岩手花巻、シュライカー大阪とバサジイ大分が同組となった。

 一方、関東勢は、第1代表のファイルフォックスがバルドラール浦安と同組、第2代表のフトゥーロが名古屋オーシャンズと同組、第3代表のシャークスがデウソン神戸と同組となった。関東勢にとっては、移籍によって戦略ダウンは否めず、Fリーグ相手には最小失点にとどめ、他チームには大差で勝ち、ワイルドカードを狙う必要があった。

 その筋書き通りの戦いぶりでワイルドカードを掴んだのは、シャークスであった。シャークスはデウソン神戸に1点差負け、残り2試合を4-2、6-0で勝利し、ワイルドカードを掴んだ。ファイルは浦安に2点差負けであったが、引き分けの試合があり、フトゥーロは名古屋に10点差で敗戦、予選敗退となった。ファイルは、チーム創設以来、選手権に出場して初めての予選敗退である。

 続いて、東京に戻って3月7日よりベスト8の試合が行われた。ベスト8には、名古屋、浦安、大阪、湘南、町田、神戸のFリーグ勢、そして東海代表のプライアグランジ、シャークスがワイルドカードで入った。ベスト8の決勝トーナメント組み合わせは、奇しくも名古屋オーシャンズの山は、浦安を除いた湘南、町田、シャークスの関東勢、逆の山は、関東の浦安に対して大阪、神戸、プライアグランジの関東以外のチームの組み合わせとなった。

  そして、名古屋オーシャンズは、シャークス、湘南を下し、浦安は、プライアグランジ、シュライカー大阪を下して、決勝オーナメントへと進み、冒頭の結果となったわけである。

  ちなみに、名古屋はFリーグでは湘南に8-3、5-1、5-1の3勝、浦安は大阪に2-0、4-4、2-2の1勝2引き分けであった。湘南、大阪とも何回に1回かの勝利確率を引き当てることはできなかったことになる。

 さて、お宝写真は、本大会MIPになった稲田祐介にしよう(フットサルネット提供)。稲田といえば、2001年第6回選手権に東海代表としてボーン77(金山、三輪らがいた)で出場、第4位となった。このときのカスカベウのフットサルに大きな刺激を受け、本格的にフットサルに取り組み、第7回ではSuerte banffで準優勝、金山を追って三輪とともに東京へ上京、カスカベウに入団した。その後、めきめきと頭角を現し、その強烈なシュート力で2004年の第6回アジア選手権では日本代表にも選ばれた。

 しかし、全日本選手権優勝の経験はなく、Fリーグ設立のこのシーズンに浦安に移籍、ついに優勝、MIPまで射止めたのだった。そして、翌年のFリーグでは得点王とベスト5に輝く。

 あれから8年のつい先ごろ、10年目を迎えた2016年6月11日のFリーグの開幕戦、エキジビションのレジェンドマッチには、引退した稲田の姿があった。現在は、都リーグの女子チームの指導や「闘魂」で楽しみながらプレーを続けている。

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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