2016.04.28 Thu

Written by EDGE編集部

インタビュー

僕が本田圭佑プロデュースSOLTILOサッカースクールで「フットサル」を教える理由。浦安・中島孝の新たな挑戦。

写真:SOLTILO FAMILIA SOCCER SCHOOL / Bardral URAYASU F.S.

バルドラール浦安の背番号7・中島孝。横浜F・マリノスの下部組織、明治大学とエリート街道を歩んできた中島は、大学卒業後にフットサルと出会って「忘れられない衝撃」を受けた。フットサルの世界に飛び込み、浦安では中心選手として戦い続けている。そして今、中島はFリーガーと並行してサッカー日本代表・本田圭佑がプロデュースするソルティーロサッカースクールで、次世代の指導にあたっている。今年4月からは「フットサルスクール」を開講し、アドバイザーに就任した。「フットサルスクールからもJリーガーやFリーガーを育てていきたい」という中島が見据える未来とは——。
(インタビュー・信太美月/futsalEDGEプレス)

フットサルを始めたときの衝撃は忘れられない

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信太 まずは、大学を卒業して就職後にフットサルを始めた時の印象を聞かせていただけますか?

中島 フットサルを始めるときに受けた衝撃はまだ忘れないです。まるで別の競技だと素直に感じました。フットサルに出会う前は正直なところミニサッカーくらいの印象しかなかったので。今となってはそう言われるのは僕も抵抗があるようになりましたね。

信太 そこまで中島選手が感じるようになったフットサルという競技の魅力はどういったところにあると思いますか?

中島 狭いコートならではの攻守の切り替えやゴール前の攻防、観ているほうが落ち着くことができないくらいのスピード感ですね。それと狭くて対峙する相手と距離が近いコートだからこそ、技術がしっかりしていないとごまかしがきかない部分ですね。よく自分の知り合いをホームゲームに招待していますが、「試合の展開が早すぎてずっと興奮していた」とか「観ている方も気が抜けない」など楽しんでもらえているみたいです。

信太 Fリーグができる前後では環境の違いなどはありますか?

中島 Fリーグができる前は試合の準備や運営はもちろん、普段の練習場の確保が難しい環境でした。当日いきなり練習がなくなるなんてこともありましたね。全てを自分たちで作り上げていたイメージがあります。今は、そういった競技以外の部分を気にすることなく、試合という舞台まで作り上げてもらえる環境なので、選手としてフットサルに注力する時間が増え、Fリーグができることでガラッと変わりました。今でも行けるときは試合前日の準備などをお手伝いするようにしているのは、Fリーグができる前の環境を知っていることが大きいと思います。

信太 競技環境はかなり変わったのですね。生活のスタイルなども変化はありましたか?

中島 選手として若い当時はスクールやアルバイトなどで生計を立てながらトレーニング時間を確保しフットサルをプレーしていましたが、今は年齢とともに少し変わってきました。現在はサッカー日本代表の本田圭佑選手がプロデュースしているソルティーロサッカースクールでFリーグでのプレーを優先させる形で支援してもらっています。

基本的な生活のルーティーンは、午前中は事務作業をして昼からスクールコーチ、夜に浦安で練習という流れで1日中みっちりのスケジュールになっています。ただ、基本的にはチーム活動などを優先させてもらい、怪我をしてしまったときは治療する時間もいただいています。自分の時間というのは少ないですけど、仕事の面でも競技の面でも充実した生活を送ることができています。

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子どもたちに「フットサル」を教える意味

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