2016.02.12 Fri

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第10章「その4:知られざるアジア選手権。シャークスがイランの地で得た貴重な経験」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

 おりしも、現在、ウズベキスタンではAFCアジアフットサル選手権2016が行われており、日本代表が3連覇を賭けて戦っている。アジアの選手権には、もう1つ、AFCフットサルクラブ選手権があり、2010年にその第1回が行われた

 日本からは名古屋オーシャンズが出場したことはフットサルエッジの読者ならご存じの方も多いと思われる。しかし、その4年前に実はプレ大会が開催されていて、シャークスが日本代表として出場していたことは、ほとんど知られていない。もし、知っていたとすれば、フットサル通NO1の称号がもらえるのではないだろうか。

 第1回と言われてもおかしくないそのプレ大会は、前回記事にした第6回地域チャンピオンズリーグの大会とほぼ同時期の2006年の3月7日~12日まで、イランのSaveh市(テヘランから車で約2時間)で開催された。

 参加クラブは、イラン、ウズベキスタン、タイ、キリギスタン、マレーシャそして日本の各クラブチームであった。なぜ、シャークスが参加したかというと、第5回地域チャンピオンズリーグ優勝のファイルフォクスに声がかかったのだが、ファイルが辞退したため、2位のシャークスが参加したものである。

 成績は、マレーシャには勝利したものの、ウズベキスタンのArdusに1-5、イランのShensaに0-5で敗れてしまった。ウズベキスタンのArdusといえば、2012年に行われた第3回大会でイランに敗れたとはいえ、2位に入った強豪である。また、イランのShensaは、翌年の2007年、ヨーロッパで行われた国際的なクラブチームの大会GOLDENCUP(スペイン、ポルトガル、イタリアなどの強豪国が参加/フットサルプラネットより)にポルトガルのスポルディングを破って優勝したほどの強豪である。

 最終的には3位決定戦にまわり、タイに1-4で敗れ、4位に終わった。優勝は、イラン、2位はウズベキスタンである。結果はともかく、今まで、日本では単独のチームがブラジル、ヨーロッパに遠征、大会参加することはあっても、アジアはなかったことである。シャークスは貴重な体験をしたことになる。また、イランの地方都市で3千人ほどの観客を集めたというから、参加したシャークスは、全国リーグ参入に賭ける想いを強めたに違いない。

 さて、お宝写真は、イランと戦う前のシャークスの集合写真である。なお、この写真および情報提供は、すでに紹介したことがある関東リーグの黎明期にガロの応援団を立ち上げたトヨで、このときはシャークス、現在はリガーレ東京を応援している。(遠征について詳しく知りたい方は、eu amoというタイトルのブログを見てください)

 シャークスの集合写真に現リガーレ東京の監督兼選手の西野宏太朗が映っている。西野は、ガロ、シャークス、シュライカー大阪そして前身のデルソーレ中野を経て、現在のリガーレ東京で、関東リーグ初優勝、全日本選手権初出場の栄冠を勝ち取った。トヨがことのほか喜ぶのも無理からぬものがある。ちなみに、初出場の全日本選手権では、西野が在籍していたシュライカー大阪と初戦で対戦する。これも因縁であろうか。

 ところで、冒頭の集合写真だけでは、ほとんど当時のフルメンバーであり、なんら普通のシャークスの集合写真と変わらない。そこで、勝手にではあるが、イラン遠征の証拠として、会場全景、内部のコート、観衆、シャークスの横断幕などを掲載しておく。

シャークスイラン

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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