2019.03.25 Mon

Written by EDGE編集部

インタビュー

「切り替えを制するものがゲームを制する」。フウガドールすみだ・須賀雄大監督が明かす、真のキリカエ0秒論。

写真:本田好伸

Fリーグ・フウガドールすみだの須賀雄大監督が「SUGA FUTSAL ACADEMY Supported by FutsalEDGE」を開講する。指導経験ゼロから監督を始め、膨大な数のトライ&エラーを繰り返しながら、チームとともに成長してきた須賀監督。フウガの代名詞でもある“キリカエ0秒”は、どのようにして生まれたのか。チーム戦術へ落とし込むためには何が必要なのか。Fリーグ参入後も研鑽を積み、常に新しいことにチャレンジしてきた須賀監督流の指導メソッドとは。
(取材・文 福田悠)

“叩き上げ”だからこそ得られたもの

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――若くして「名将」と呼ばれるようになった須賀監督ですが、ご自身の監督としての特徴はどんな部分にあると考えていますか?

一言で言えば「叩き上げ」という部分だと思います。僕は師匠がいなかったので、誰かのやり方をそのままコピーしてきたわけではなかったんですね。ある意味チームを実験台にして、トライ&エラーを何度も繰り返して積み上げてきたというのがベースにあります。

初めから答えが分かっていたなら、もっと早くシンプルに真理に辿り着いたこともあったと思います。でも逆にそうではなかったことで、正解を与えられるのを待つのではなく、自分たちでつかみに行くというマインドを持てた。そこが自分自身の原点だと思っています。

――フットサルを始めた当初は、どのような戦い方をしていたのでしょうか。

フウガドールすみだの前身であるBOTSWANA(以下:ボツワナ)が結成される前の「森のくまさん」というチームで最初に自分たちで考えた戦術が、(北原)亘か(稲葉)洸太郎をピヴォで張らせてそこにロングボールを入れるというものでした。要はそこで勝てれば、別の選手が走り込んだら数的優位を作れるというすごくシンプルな戦術だったんです。で、守備はハイプレスを掛け続ける。この2つで勝てると。 

実際その戦い方で、当時自分たちよりも上のカテゴリーだった関東リーグのチームに勝ったこともあります。「サッカースタイル」と言われることもありましたが、僕らとしては試合に勝つために非常にロジカルに考えられた戦術だったんですね。

――とてもシンプルですけど、個で勝てるのならそれを活かさない手は無いですから、とても理に適っていますね。

そうですね。ボツワナでやっていたこともそれと同じ考えでした。個々で勝てるならそれを最大限活かそうと。で、当時一番勝てるのが太見(寿人)のピヴォだったので、シンプルにフトに当てるのが攻撃の基本になりました。

ただ、関東リーグに上がってまず「カスカヴェウに勝てない」という壁にぶつかったんですね。それでやはりその翌年には早速取り組みましたよね。「今の戦い方だと太見に2人マークをつかれたら終わっちゃう」となって、戦術の限界が来た時に初めてエイトやヘドンドをやりました。

 でも、やはりそこで壁にぶつかるんですね。「何でこれをやるのか」という。「何でこのローテーションが必要なのか」とか、そこが説明できない。「何でうまくいかないのか」をひたすら考えて、トライ&エラーを繰り返して、やっと少しずつ自分たちのものにしていったんです。

誰かが教えてくれればすぐに解決したのかもしれないですけど。そういう環境になかったからこそ、結果的に自分が成長できたのかなとは思います。

――誰かが教えてくれたやり方をそのままコピーするよりも、自らの意志で取り組んで、試行錯誤しながらクリアしていく方が、自分を成長させられると。

そうだと思います。だから今回の「SUGA FUTSAL ACADEMY」もそうなんですけど、参加された皆さんがインスパイアされるのは良いことだと思うんですよ。ただ、チームによって取り巻く状況が全く違うじゃないですか。抱えている選手も、練習時間も所属しているリーグもそれぞれ違う。そうなったときに大事なのは(参加された方が)自分のチームの状態と自分のところの選手たちをちゃんと見てあげて、それに対して今回のアカデミーのどの部分を取り入れるか、ということだと思うんです。

――須賀監督が伝えるやり方の全てが自分のチームでも有効かと言うと必ずしもそうではないということですね。

そうです。自分はその本質の部分を常に大事にしています。あるチームにとってはぴったりなやり方であっても、別のチームでは必ずしも正解ではない場合も当然あるので。それぞれのリーグ、それぞれの環境の中でどうやったらチームが最大限のパフォーマンスを発揮できるのかを考えるのが監督の仕事ですし、逆にそれができれば、カテゴリーなどに関係なく、全員が素晴らしい監督なんじゃないかと僕は思います。

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「キリカエ0秒」が生まれたのは……

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