2019.03.20 Wed

Written by EDGE編集部

Fリーグ

【伝説の証言者】狂犬と呼ばれていたあの頃。「頭の中の理性と野生が共存していた」(星翔太)

写真:本田好伸

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荒々しいプレースタイルで「狂犬」と呼ばれた星翔太は、太見寿人と並んで、あの時代のフウガの攻撃の象徴だった。全日本選手権大会後、鳴り物入りでバルドラール浦安へ移籍して、スペインで2年間プレーして経験値を積んで復帰してからは、浦安の、日本フットサルの顔役となっていった。そんな翔太は2018シーズン、名古屋オーシャンズへ電撃移籍。今年、10年ぶりに日本一のタイトルを手にした。緩急剛柔。今の彼は、どんな場面にも柔軟に対応できる選手だが、それは単純にキャリアで積み重ねたものではない。狂犬と呼ばれたあの頃から、実に理性的な選手だった。フウガという稀有なチームにいたからこそ、星翔太の今がある。
(取材・文・構成 本田好伸)

野性的に、冷静に、プレーはガツガツやる

 少しだけ、他の仲間とは思考が異なる選手がいた。星翔太だ。

「やっと終わったなと。やり切ったというか。自分たちで課題をクリアしていくクラブだったので、楽しさもありましたけど、最後の方は自分がこのチームで何をできるのかと考えていました。義務のように思っていましたね。関東リーグで優勝して、あとは選手権で結果を出すこと。もちろん、準々決勝、準決勝でFリーグを倒していく中でプレッシャーもあったので、だから『やっと終わった』という感覚でした」

 明確にFリーグを見据えていた翔太は、「今年が(このチームでのプレーは)最後になる」と考えていた。だからこそ、あの全日本選手権大会は、目に見える結果を残す最後のチャンスだった。

「達成感とは違いましたね。すごいことをやったというのは周りが言っているだけで、自分が勝負を決めたわけじゃない。チームとして勝った。もしかしたら、自分が決勝で5点くらい取っていたら違う喜びがあったのかもしれないですが、その悔しさもありました。できることをやったという感じです」

 どこまでも冷静だった。6試合で1得点。たしかにゴールという結果では物足りないが、翔太の存在は大会を通して際立っていた。決勝も、勢いそのままに勝ち切ったというよりも、翔太の言葉を聞いていると、フウガがいかに、あの舞台で浮き足立たずにプレーできていたのかと敬服してしまう。

「僕らの方が気が楽でしたからね。Fリーグはまだ2年目で、地域との格差が出てきていましたけど、まだそこに飛び込み切れていない状況で、それでもプロであることには変わりない。彼らに失うものがあっても僕らにはない。周囲の期待も高まっていたからこそ、なおさらプレッシャーを感じやすかったと思います。僕らは須賀(雄大)監督から渡された戦術にみんなが納得して、あとはピッチで表現するだけ。自分たちで工夫したり、見つけたりしながら作り上げてきたものをぶつけるだけでした」

 挑戦者ながら、“当たって砕けろ”ではない彼らのメンタリティーが引き寄せたものもある。

「カウンターからの得点を狙っていたので、そこで最後までくらいつけました。FKで(荒牧)太郎のシュートが決まったのも壁が割れたからだし、勝負の細部で相手が耐え切れなかった。僕らはそこを楽しみながらやれていたから強かった。チャンスが来るとギリギリまで諦めなかったからこそ運が転がってきた。でも、やられる時はやられますよ。(パワープレーから決められた)マルキーニョスのシュートもスーパーでした。(追い上げられて同点にされたことで)『やっぱりね』という会場の雰囲気も伝わってきました。あの週はバルドラール浦安のパワープレーへの対策をしていましたし、そもそも名古屋オーシャンズのパワープレーを体験したこともない。だから対策なしにしては上出来でした。楽に勝てればよかったですけど、あの状況でもやることは変わらないよねと、意思統一ができていたのかなと思います」

 翔太がそうだったように、誰も勝負を諦めていなかったし、同時に「勝てる」と思うこともなかった。「今、できることを必死にやろうとまとまれていた」からこそ、勝機が訪れたのだろう。

 狂犬。当時、翔太はそう呼ばれていた。攻撃的かつ野性的なプレーと、ピッチ外で誰に対しても物事をはっきりと伝える姿勢はたしかに、“噛み付く”印象だった。一方で、彼の中には理性も一緒にあった。

「練習でも試合でも急にスイッチが入って激しくなることがその『狂』の部分かもしれませんね。でもあの大会では、両方が共存していました。野性的に危険を察知して、冷静にそこを注意して、でもプレーはガツガツやる。みんながよくやっている駆け引きの一つだと思いますけど、それを使い分けていました」

 およそ冷静になれるとは考えられない戦いの中で、翔太は、フウガは冷静だったのだ。

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クラブではなく、人が先にあったフウガ

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