2018.05.08 Tue

Written by EDGE編集部

コラム

フットサル選手として、ママとして--。“なでしこ5の闘将”小村美聡が示す、女性アスリートの生き方。

写真:本田好伸

2013年以来、5年ぶりにフットサル女子日本代表に復帰を果たした小村美聡は、2016年の結婚、出産を経てトップの舞台に戻ってきた選手だ。産後のコンディション作り、家庭や育児、仕事との並存という難題と向き合いながら、どうして彼女は、フットサルを続けるのか。代表復帰を熱望したのか。彼女の言葉に耳を傾けると、そこには1人のアスリートとして競技に真剣に取り組みながら、子供や周囲の人に届けたいメッセージがあった。
(文 本田好伸)

“ママ”と“アスリート”

 フットサル日本女子代表に5年ぶりに復帰した選手がいる。アルコイリス神戸の小村美聡(こむら・みさと/旧姓:井野美聡)だ。2008年にクラブの創設に携わった彼女は女子代表でアジア制覇、クラブで日本一、昨シーズンの女子Fリーグで優勝など数々のタイトルを手にしてきた。だが彼女は今、人生の大きな転機を通り過ぎて、ピッチに立っている。

 2016年に結婚、第一子を出産。現在、34歳で女子代表では最年長の選手だ。

「出産後、競技を続けることは難しい」

 一般的には、そう考えられているだろう。実際、男の筆者の理解を超えて、出産を経験した女性選手が再び競技の舞台に立つことは、想像よりはるかに難しいはずだ。だが、戻ってきた選手はたくさんいる。

 1998年の長野オリンピック、スピードスケート女子500メートル銅メダリストの岡崎朋美さんは、2007年に結婚して、2010年のバンクーバーオリンピックでは5大会連続となる五輪出場を果たし、同年12月に第一子を出産した。その後も2014年のソチオリンピックの出場を目指して現役を続けたが、2013年の代表選考会の成績が振るわずに引退を表明。35歳で結婚、39歳で出産してからも42歳まで第一線で活躍した。

 サッカーでも、宮本ともみさんが先例として知られている。2002年に結婚して、2003年に第4回FIFA女子ワールドカップアメリカ大会に出場、翌年のアテネオリンピックにも選出された。2005年の第一子出産後に復帰して翌年に代表に招集されると、子供と一緒に参加して、日本サッカー協会は遠征先に帯同するベビーシッターの費用を負担する制度を導入した。2007年に第5回FIFA女子ワールドカップ中国大会で自身3度目のW杯出場を果たし、2013年までプレー。23歳で結婚、26歳で出産して、34歳まで現役を続けた。

 こうした例は国内外に数多くあるが、日本は後進とされる。文部科学省が2013年に女性アスリートの競技力向上を目指して始めた支援プログラムは、国立スポーツ科学センターが事業委託を受けて実施しているが、国際競技力を高めるための女性アスリート支援をしている一方で、オリンピック競技や、それに準じるメジャースポーツ、もしくは各競技のトップシーンに特化しているため、マイナースポーツや競技を支えるグラスルーツの環境面まで広く波及しているわけではない。女性アスリートを取り巻く環境は、いまだに厳しい。

 フットサルも、その“厳しい環境”の一つだ。男子でさえもプロ化への道が発展途上であり、女子においては、2017シーズンにようやく全国リーグが発足したものの、選手として生活を保障されるようなものではない。むしろ、リーグのメインテーマは代表強化にあり、環境よりも競技力向上の側面が先行している。

 そうした状況で、女性選手たちはなぜ、競技を続けているのか。さらに、結婚、出産という人生の節目を経験してもなお、どうして第一線の舞台に立ってプレーを続けているのだろうか。

 このテーマは世界的な共通の話題かもしれない。だが思うのは、世の中がいつまでたっても「男性」、「女性」というくくりの中でスポーツを捉え、純粋にアスリートを見ていないということでもある。

 小村は言う。「第一に思うのはフットサルが心から好きなんだなって」。好きだから続けたい。勝ちたいから、うまくなりたいから、世界を舞台に戦いたいから。ピッチに立つ理由に、それ以上もそれ以下もない。

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娘には辛い思いをさせてしまっているかもしれないけど……

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