2017.08.16 Wed

Written by EDGE編集部

Fリーグ

ずっと報われなかった。だけど諦めなかった。“究極の苦労人”府中・飛騨龍典が10年越しで立ったFリーグのピッチ。

一度は諦めた舞台に、28歳で再チャレンジ

HND_9740

 府中がFリーグ参入を遂げた2009年、飛騨は改めてFリーグのトップの舞台を目指して府中サテライトに加入。しかしその道は、険しかった。「サテライトで7年って言われているけれど、実は26歳のときに一度、辞めた」。2011年に、3年プレーしたチームを離れた。「これは全然、苦労とかではなくて、ただ自分に踏ん張る力がなかっただけ。逃げ出したというか、自分が辞めたいと思ったときに辞めてしまった」。フットサルから身を引いた飛騨は、愛知県のサッカークラブ、F.C.ツインズのコーチとして次の人生を歩んでいた。

 でももう一度、チャレンジする気持ちが芽生え始める。中途半端に過ごしてきた自分が嫌だったのだ。「最後だと思って、もう一度サテライトでやらせてほしい」。谷本監督にそう伝えると、クラブは快く引き入れてくれた。「ただし『やるなら、相当な覚悟を持ってきてくれ』と言われた」。28歳での再挑戦は、アスリートの世界では特に、簡単なことではないだろう。それでも周囲の大きな後押しが、飛騨を支えた。

 F.C.ツインズの代表を務める脇真太郎は、デウソン神戸でプレー経験がある元Fリーガー。飛騨のチャレンジを応援し、「脇さんには、『1年で上がれなかったら戻ってこい』と言ってもらえて。実際、上がれなかったけど、そのまま続けさせてもらっている。1年ごとに迷っていた。でも最後は、『やれるだけやれ』って(笑)」。

 覚悟と葛藤。偽ることのできないありのままの感情に揺れながら、自分と向き合い続け、フットサルを本格的に始めてから10年以上が経過した今年4月、飛騨は念願のトップチーム昇格を果たした。

<次ページ>天と地の落差を味わった2日間

1 2 3 4

◀︎前の記事 トップ ▶︎次の記事