2017.04.18 Tue

Written by EDGE編集部

Fリーグ

地元から初のFリーグ入りを目指す村上哲哉“新監督”。「誇りを持って辞めた」男の新たな挑戦

写真:本田好伸

村上哲哉は、9シーズンにわたってシュライカー大阪のフィクソとして君臨してきた。ピッチに立てば相手ピヴォを封じ、誰よりも大きな声で味方を鼓舞したが、ケガの影響も大きく2016シーズンはベンチを温める試合が増えていた。そしてFリーグで最後の試合となったプレーオフファイナル第2戦、村上はプレーすることなく、ベンチで優勝の瞬間を迎えた。それでも、誰よりもリーグ初制覇を喜ぶその表情は晴れやかだった。季節が変わり、村上はFリーグ準会員クラブとして地域リーグを戦う古巣、広島F・DOの監督に就任。熱い魂を胸に秘める村上は、新たなステージで何を目指すのか。その挑戦に期待せずにはいられない。
(取材・文 本田好伸)

フィクソとして人々を惹き付けた村上哲哉

 日本アイススケート界で一時代を築いた浅田真央が引退した。最後の試合は、キャリア最高のパフォーマンスからは程遠いものだった。それでも引退会見に臨んだ彼女の表情は、どこか晴れやかだった。

 どれほど人々に愛され、賞賛されてきた選手でも、キャリアの最後に有終を飾れるわけではない。それが個人のパフォーマンスだけではどうにもできないチームスポーツなら、なおさらだろう。幸運にもそういう最後を迎えられた選手は特に、より輝かしい思い出とともに、その後の人生を歩んでいけるのではないか──。

 シュライカー大阪で9年間プレーしてきた村上哲哉は、最後のシーズンにFリーグ初優勝を成し遂げ、そしてラストゲームで全日本選手権優勝という2冠を飾った。そしてこの春からは、中国地方の地域リーグに所属し、Fリーグ準会員クラブとしても戦う広島F・DOの新監督に就任した。

 村上は大学生時代にフットサルと出会った。地元・山口県でサッカーに明け暮れ、高校時代には、名門・東海第五高校でプレーしたが、大学でフットサルを始めてからは、その魅力にハマり、卒業とともに上京して、ファイルフォックスの門を叩いた。屈強なフィジカルを生かした1対1の守備には定評があり、同時に、左右両足から放たれるミドルシュートを武器に、瞬く間にキャラクターを確立していった。

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 2008年に大阪へと加入してFリーグデビューした後は、フィクソとして日本代表に欠かせない存在へと上り詰めた。2012年に悲願のワールドカップに出場し、Fリーグでも並み居る相手ピヴォを相手に、何度もハイレベルなマッチアップを繰り広げた。特に、2014シーズンのプレーオフファイナルで見せた、森岡薫とのマッチアップは、後世に語り継がれる対決だった。「やっぱり自分のプレースタイル的にも、ああいうマッチアップはテンションが上がる」。真剣さと同時に、フットサルを心から楽しむプレーこそが、村上の魅力だった。

 守備に最大の特徴を持つが、そのプレーは人を惹き付ける。村上のパフォーマンスは、まだ十分にトップレベルにあった。それでも村上は、2016年12月、クラブのホームページを通してシーズン限りでの引退を発表した。「まだ早いのでは……」という周囲の声もあったが、村上はその際にコメントした、「最後に最高の結果で恩返しできるように残りの選手生活、シュライカー大阪24番村上哲哉として、チームの勝利のために全身全霊をかけて戦う」という言葉通り、最後に最高の結果を手にしてピッチを去った。

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