2016.07.22 Fri

Written by EDGE編集部

コラム

関東フットサル三国志/第13章「その8:名古屋vsフウガ。代々木で起きた”史上最大のジャイアントキリング”」

Fリーグができるまで、日本フットサルの頂点は間違いなく「関東」だった。その関東を軸に競技フットサルの歴史を振り返っていく当連載。昔からのファンはもちろん、フットサル観戦ビギナーや、Fリーグ以降にファンになった人には「最高の教科書」になるはずだ。
(文・木暮知彦/関東フットサルリーグ広報委員)

ありえる話

 世の中にはありえない話と思っても、長い歴史の目で見るとありえる話は存在する。それは、2009年3月15日、代々木体育館で起きた。むろん、関東リーグ優勝チームのフウガがFリーグ優勝チームの名古屋オーシャンズを破って第14回全日本選手権を制したことを指す。サッカーでいえば、天皇杯に地域リーグ優勝チームが優勝したことと同じように見える。 

 しかし、実際は、サッカーはJリーグ発足が1993年、すでに23年間が経つが、一度も地域リーグが優勝したことはない。実際、ジャイアントキリング=大物食いという言葉があるように、天皇杯でしばしば地域リーグチームがJリーグチームを破ることはあるが、優勝はないのである。 

 しかし、フウガは、単なる一発屋的なジャイアントキリングではなかった。準々決勝のバルドラール浦安戦を3-0、準決勝のデウソン神戸戦を5-1と破って決勝の名古屋戦に臨んだのである。浦安、神戸といえば、Fリーグの2位、3位のチームである。

 フウガの優勝にはいくつかの必然(に近いもの)と偶然の重なりがあった。まず、必然ともいうべきは、関東リーグでの優勝である。しかも、すでに前回の記事で紹介したが、2位との得失点差において、名古屋オーシャンズのそれよりも上回る得失点差で優勝した。(フウガが1試合平均2.93、名古屋が2.67)

 フウガの選手権への道のりを振り返ってみると、関東リーグで優勝したあと、2009年1月18日、24日に行われた全日本選手権関東予選に臨んだ。1回戦は好ライバルのゾットだった。この1回戦に2-2の同点のあとのPK戦で4-3の際どい勝負で勝つことができた。続く2回戦は順当勝ち、準決勝もファイルフォックスを下し、選手権切符を手に入れた。決勝では、湘南ベルマーレの前身のロンドリーナに勝利し、関東第1代表として選手権に臨むことができた。

 この結果、第2代表はロンドリーナ、第3代表は、3位決定戦でカフリンガを下したファイルフォックスがなった。もし、関東大会の1回戦、ゾットにPK戦に負けていたら選手権優勝はなかったのである。

  3月6日、大阪の舞洲アリーナにて行われた選手権予選ラウンドに臨んだフウガは、奇しくも名古屋オーシャンズと同組となり、早くも予選ブロックで1度対決することとなった。フウガは、自信があったのだろうか、王者名古屋相手に玉砕戦法はとらず、あくまでワイルドカード狙いで、1点差くらいの負けは覚悟していた。結果は、2-3で敗れたが、狙いどおりだった。むしろ、先制点を奪い、1点差勝負に持ち込んだ結果でさらに自信を付けたのではないだろうか。一方、名古屋オーシャンズは、予選リーグは無理せず勝てばいいとプラン通りに進んだことで、フウガの潜在能力をこの時点で侮ってしまったかもしれない。

  いずれにしても、予選リーグで名古屋オーシャンズとの試合を経験していなかったら、フウガの選手権優勝はなかったのかもしれない。

  フウガは得失点差8点で予選ブロック2位であったから、ワイルドカード2枠に残るのは厳しいと思われた。実際、Fリーグのペスカドーラ町田が得失点差9でワイルドカードの1枚を手に入れている。ちなみに、町田の同組には来年度Fリーグ参入が決まっているエスポラーダ北海道が1位通過した。

  問題は、次なるワイルドカードの候補の得失点差ということになる。それは大阪代表の高槻松原FCで、もし、同組のファイルフォックスに6点差付けて勝つとワイルドカードを手に入れる試合となった。同じ関東の盟友のフウガは、まさかファイルが6点差を付けられると思っていなかったから、最初は比較的安心して試合を見ていた。しかし、ファイルフォックスは、同組のデウソン神戸に3-8と敗れて、元気がない。次第に旗色が悪くなり、5点差くらいまでになっただろうか、地元大阪会場だけに場内は騒然となった。フウガも俄然応援するようになる。その応援にファイルの意地をみせたか、結局、ファイルは、4-8のスコアで6点差の敗戦は免れるのだった。

  もし、高槻松原が6点差でファイルを破っていたら、フウガの選手権優勝はなかった。

  こうして、決勝ラウンドに進出したフウガの最初の相手は昨年の選手権王者でリーグ2位の浦安であった。フウガにとっては恐らくやりやすい相手だったに違いない。なぜなら、お互い関東リーグで対戦したあと、2年が経過したとはいえ、まだ、2年であるので、経験値として大きく差がついていない、勝てるとフウガは思っていただろうし、実際、関東リーグ2連覇の経験値は、浦安のFリーグ2年連続2位の経験値を上回っていたのかもしれない。

 前半を0-0で折り返した後半、パワープレーを仕掛けたのは浦安だった。たしかに、浦安はリーグではパワープレーでたびたび勝利をものにしていたが、果たして、地域リーグのチームに先にパワープレーを仕掛けたことは弱みを見せたことになりはしなかったか。結局、パワープレーが裏目に出て、浦安は0-3で敗戦となってしまった。

  もうひとつの勝負のアヤは、フウガの試合が関西勢のデウソン神戸あるいはパサジイ大分との試合が先ではなく、浦安との試合が先であったことだ。つまり、関東勢同士の浦安との試合で関東勢を潰してしまったため、フウガ以外関東勢は残らなかった。したがって、次の神戸戦、決勝の名古屋戦を完全に代々木をホームとすることができたのだ。ましてや、判官贔屓の日本人である。地域リーグのチームを応援したくなるのは、当然かもしれない。ちなみに、もう一つの山の4チームは、名古屋と北海道、町田と大阪の組み合わせとなり、町田は大阪に破れたため、関東勢はフウガのみが残ったのである。

  かくて、準々決勝で浦安と当たらなかったら、フウガの選手権優勝はなかったかもしれない。

  こうして、フウガは、数々の必然と偶然を重ねながら、準決勝の神戸戦を5-1と破り、ついに決勝の舞台まで上がった。

 決勝戦は、さすが偶然も必然もない気持ちの戦いという考えもあるかもしれない。しかし、1つだけ勝負のアヤをあげよと言われれば挙げたくなるアヤがあった。それは、フウガが先制点を入れられたあとの同点に追いついた1点であろう。それは、最初はなんの変哲もない名古屋のマルキーニョスの自陣ゴール近くのボールキープであった。相手から遠い位置に左足でボールをキープ、背中と右手で相手をブロックすればボールを取られないよくある形だ。技に自信があるプレーヤーは、取ってみろといわんばかりにキープをし続ける。特に、ブラジル人は、技に対するプライドが高いから、パスで逃げることを嫌う。その驕りが裏目に出たか、相手が悪かったか、競った相手はフィジカルでは定評のある太見であった。

 ついにボールを奪うと、太見は、あわてて突進してきたゴールキーパー定永をかわし、反対サイドを上がった金川に渡して、なんなく金川がゴールに押し込んで同点にしたのだった。もし、あのとき、簡単にパスで逃げていたらと名古屋は悔やんでいたのではないだろうか。

 これでフウガは俄然活気づいてしまった。立て続けに荒巻太郎(のちにバルドラール浦安)、佐藤亮(のちにシュライカー大阪)と点を入れ、あっという間に3-1とリードして前半を終了した。後半も、最初の1点は太見が入れて、4-1、最初の1点を除くと、残りの3点はカウンターからの2点とフリーキックの1点で、フウガの持ち味が十分出た得点であった。逆に言えば、最初の1点がフウガを完全に乗せてしまったのだ。

 あわてて、名古屋はパワープレーに出る。さすが名古屋だけあって、たちまち3点を返して同点に追いつくが、場内の関東がんばれ、地域がんばれの空気を変えることはできなかった。荒牧がこの日2点目のフリーキックで再びリード、最後は、またしてもカウンターから金川が決めて2点差に突き放し、ついにありえる話は完成した。

 フウガと名古屋の実力差はどの程度のものか難しいが、かりに4回か5回に1回はフウガが勝てるとしたら、その1回が選手権に出る必然性はあったのである。

 お宝写真は、むろん、フウガの歓喜に沸く優勝の喜びの写真である(フットサルネット提供)。さて、第14回選手権のキャッチコピーが「強い者が勝つのではない。勝った者が強いのだ。」であり、このコピーはフウガのために用意されていたと評したのは、フットサルネットで記事を書いた北健一郎(フットサルエッジ編集長)である。締めくくりの北の言葉を紹介してこの項を終える。

「フウガがFリーグの1位、2位、3位を”3タテ”しての全日本選手権優勝という偉業を成し遂げた。彼らの戦いぶりは戦い方がどうこうではなく、人々の胸を打つ何かがあった。浦安も、神戸も、名古屋も、試合後にこんなことを語っていた。「相手のほうの気持ちが強かった」。フウガの優勝はフットサルでいちばん大事なものを僕らに気づかせようと、”フットサルの神様”が教えてくれたような気がしてならない。」

※この連載は毎週水曜日・金曜日の2回更新予定です。

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